若者たちへ

本屋をぶらついていると女子高生の声が耳に入ってきた。


A 「そういえば読書感想文書かなくちゃ」
B 「ああ、そうだ。やだなー」
A 「『こころ』ってどこにあるの」
B 「あ、あったあった。これだこれだ。」(とぺらぺらとめくる。A、覗き込む)
A 「げー、文字が小さーい」
B 「もっと薄くておもしろいのがいいよねー」(と二人、走り去る)



ぶつくさ言ってねーで、とっとと「こころ」を読め!!!
............ とあやうく声に出しそうになる俺様。むーん。オヤジだ.....。


にきび多かりし頃。初めて「こころ」を手にとったのはまさに夏休みの宿題、読書感想文のためだった。
ぜんぜん面白くなかった。祖母のいる田舎に折角遊びに行ったのに、ろくに遊べず、残る分厚いページ数にため息をつきながらいやいや読んだ記憶がある。
しかしその後、国語の授業でも教材に取り上げられ、じっくり再読する機会を得た。異性を意識し始めた時期だったこともあり、深く先生やKのことを考えた。以来高校時代の思い出は、「こころ」と複雑に絡みついて頭の中に美しくこびりついたのだった。
先生とKを思うと、いまだに高校時代の楽しかった日々に戻ることができる。


以来本は好きでずっと読み続けているが、あのときのようにじっくりは読めなくなっている。思えば、多感な高校時代だからこそああいった読み方ができたのではないか、とすら思う。芸術というもののすばらしさはそういうところにある、と思う。
だからこそ多感な時期にいい本を見たり、映画を見たり、絵を見るのはとても重要なのである。
しかしえてしておっさんのその思いは若者へは届かないものだ。当時の俺がそうであったように。


もはや何も言うまい。
主体的に文学を手にとれた若者たちよ、おめでとう。
そして手に取れなかった若者たちよ、ご愁傷様。 □