こんなことがあった。小さな冒険談だ。
アトリエに通い初めて3年たつ。教えをいただいている師から酒の席でこんな話を聞いた。
「これまでいろいろな本を読んできたが、僕が小学校1年生のときに教科書で読んだ『美しき島』という話だけは決して忘れることができない」
その『美しき島』というのはこんな話だった。
「ある寂れた島に住む人々が、世界のどこかにあるという「楽園の島」の話を聞き、その島へ行くための努力をするが、島の人々が努力を重ねているうちに、実はその寂れた島そのものが、いつのまにか楽園の島になっていた.....」
まさにうつくしい話だと思った。どうしてもこの話を読んでみたくなった。しかし情報はあまりにも少ない.....。
いくつかのキーワードで検索をかけてみたものの、当然見つからない。これは手強い...。
せめて作者や正確な作品名がわかれば、今時、WEB検索で瞬時にでも見つかるだろうに。
そこで思い至ったのだ。そうだ、「はてな」を使ってみてはどうだろう。
ブログを書いてはいるものの、実は「はてな」ならではの機能たる、人力検索を使ったことは一度もなかったのである。
ここに質問をぶつけてみたらネットの向こうで誰かが教えてくれるかもしれない....。
かすかな期待を胸に「はてな」へ飛んだ。
が、入口から早速つまづいてしまう。
「はてな」を単に質問を投げて待つだけの伝言板のようなものかと思っていたのだが、質問をするのにお金(はてなポイント)が必要になるというのである。
1つの質問に最低50ポイント、そして誰かが寄せてくれた回答を開く毎に10ポイントがかかるということだった。そして当然、自分のもつポイントはゼロであった。
さらに調べてみると、このポイントはお金を出して購入できるものらしいが、誰かが投げている質問に答えることでも稼ぐことができる、ということがわかった。
リアルのお金には頼らずになんとか自力でこの問題を解決したい。そう思い、せっせと足りない知恵で、自分でも答えられる質問に回答していった。
そしてようやく100ポイント近くがたまり、質問を投げたのであった。
まさにこの問題はWEB2.0のチカラを試すのにうってつけすぎる難問であった。回答は思ったほど集まらない。
が、数日待つと1件の回答が。
かつて教科書に掲載されていたが消えつつある物語を光村図書が全集にして販売している。との情報だった。
期待を込めて目次を見る。が、目次には『美しき島』らしきタイトルはなかった...。
そしてまた数日。
2件目の回答が来た。同じ人からの追加情報だった。
東京に昭和26年以降の教科書を収蔵した図書館がある。というのである。
これは有力な情報だ。ここにいけば『美しき島』に出会える。そんな気がした。
これからはアナログの仕事となった。教科書図書館は平日月〜水しかやっていなかった。職場を午後出社にしてもらい、猛暑の中、図書館を目指した。
静かなところであった。平日の午前中だからなのだろう。エアコンが効いていて、外の猛暑とは別世界のようだった。
時間はない。早速国語の教科書を調べ始めた。師は今44,45歳くらい。その師が小学校1年生といえば、昭和40年前後だ。そのあたりの1年生の教科書を全部調べてみた。
ない。
少し暗雲が立ちこめた気がした。
1年生の教科書はひらがなの勉強が中心になっており、物語らしいものはほとんどなかった。ひょっとして師の勘違いだったのかもしれない。そう思い、2年生、3年生の教科書にまで範囲を広げ再度検索を始める。
しかし、ない....。
国語の教科書だけとはいえ、上下巻で全ての出版社のもの。となると思った以上に時間がかかる。これだけの検索で午前が吹き飛ぼうとしていた。
気持ちはほとんど絶望に近かった。
そのとき、丁度近くを通りかかった司書の女性に聞いてみることにした。この方がとても親切な方であった。
図書館にはDBが設置されており、数少ない情報からでもだいたいのものが検索できるというのである。「うつくしいしま」または「うつくしきしま」という名の物語を調べてもらう。
しかし、ひっかからないのである。
司書さんは、いつごろの教科書で(師が)どの地域の出身かを聞いてきた。
ファイルから、昭和40年台の各地域で使われていた教科書の出版会社一覧表を出してきてくれた。そこで光村図書というところまで限定できた。司書さんはそれから何か再び検索をはじめてくれた。
そして.....!!
2件の情報が抽出されたのである...!!
司書さんは「島」という字を含む物語で再度検索してくれていたのである。
でたのは小学4年「しあわせの島」と小学5年「燃える島」の2件。
司書さんに手渡された2冊の教科書を持つ手はふるえていた。
光村図書 昭和42年版 小学新国語4年 下巻 を開く。
目は夢中で物語を追っていた。透明になっていた。
これだ!確信した。
探していたのは『美しき島』ではなく、『しあわせの島』であった。
そして小学校1年生ではなく、小学校4年生であった。
それにしても、なんと美しい....。
本当にうつくしい物語だった。
そして物語の最後に、おじいさんが残した手紙のフレーズを読んだとき。思わず号泣してしまった。
これまでの小さな冒険の結末をしめくくるこの物語のあまりの美しさ。に人目もはばからず大泣きしてしまったのであった。
作者は北川千代さん。埼玉県出身の児童文学者だった。
世代を越えて人をつなげる仕事をしていた北川さん。本当に素晴らしいと思った。
そしてここまで到達することを可能としたWEB2.0のチカラを改めて認めざるを得なかった。
この冒険談は間違いなく今年の10大ニュースになる。□