情緒の洗礼

浅草での生活が始まり2週間が経過する。


しかし依然、情緒を満喫する時間はほとんどない。
早朝と深夜の往復では、昼間の賑わいを垣間見る隙間もない。


ダンボールの開梱は大体済んだ。が、カーテンがない。
つまり丸見えである。が、どうせ深夜に煌々と明かりを灯し、仮に部屋でヌードダンスショウを展開したところで誰も見てやしないだろうから気にもしていない。ただここ何日かで寒さが押してきた。防寒のためにも早急にカーテンを買わねばなるまい。


浅草では本日、酉の市というお祭りがあった(24:00までやっている)。
鷲神社という小さな神社は、毎年11月の酉の日になると境内が熊手で埋め尽くされる。
下町の商売人たちは個々に足を運び、商売繁盛を祈念し、熊手を購入していくのである。


浅草に来て何一つ情緒を感じる機会もなくくすぶっていたものだから、昨晩自転車で行ってみることにした。
深夜のひっそりと静まる町並みが、神社周辺に近づくと屋台がならび多くの人でにぎわっている。そして境内を埋め尽くす大小の熊手たち。この非現実感はまさに千と千尋の神隠しだ。


神社に着いたのは11/15の23:40くらいで厳密には酉の市は始まっていなかった。
が、0:00に近づくとじょじょに人が増えてきた。何かがはじまりそうな予感。わくわくしてくる。
やがて0:00になると派手に太鼓が打ち鳴らされた。
待ち構えた人々は狂ったように歓声を上げ、一斉にお賽銭をばらまいた。
警察官が「お賽銭は投げないで下さい!」と連呼するも、歓声に打ち消され何も聞こえない。境内に下がる5本の鈴に4人も5人も同時にしがみつき、激しくがらがらと揺さぶっている。その中に警察官も引き込まれめちゃくちゃになっている。そして自分も。大笑いである。


なんとか参拝をすませてほっと一息ついていると、今度はあちこちから三本締めの威勢のいい声が響き渡る。熊手を買った商人へ商売繁盛を祈念するのである。


これだ。


浅草には京都を超越する情緒がある。うおおたまらんぜ。□