裏の世界

職場に、真面目で冗談も通じず、ひたすら愚直に業務を堅実にこなす人がいる。周りからの信頼もすこぶる、厚い。


その人の髪型が、ある朝通勤すると、一変していた。


床屋にでも行ったのか、と思ったが、その刹那、なんだそりゃ?となった。


「失敗」。そういう髪型だった。あたかも罰ゲームで一部だけを刈り落とされたような、見てはいけないような髪型である。あきらかに、プロの仕事ではない。


思えば前日にその人が帰宅した時間は21時近くであり、床屋に行く時間はなかったはずだ。


ならば、刈ったのは自宅か。ということになる。そこで何が起こったか。


毎晩遅く帰ってくる、そして家庭を顧みる間もなく、休日も返上して仕事をしている。


そういう不条理に耐えられなくなった妻が、ある朝、半狂乱になって旦那が眠っている間にハサミで旦那の髪を切ったりしたのではないか.....。そして目が覚めた旦那は、予期せぬ事態に「はう!」となりつつも、休むこともできず、職場に定時に出社した......。


彼のそのくずれた明らかにおかしい髪型を見たとき、そんな、彼にとっての裏ストーリーが垣間見えて、ぞっとした。


みんな、互いに見えない世界では何をやっているかなんてわかりはしない。


涼しい顔をして仕事をしている奴が、女子高校生を監禁していることだったあるのかもしれない。夫婦円満と近所で話題の妻がDBで苦しんでいることだってあるかもしれない。


そこまで気を回す必要はないのだろうが。。


その翌日、その人はスポーツ刈りで出社した。
明らかにおかしい髪型を修正したのだろうが、それでも突然のスポーツ刈りに違和感があり、どうしても目が向いてしまう。


後日、人づてで種明かしを聞くところによると(直接は聞けなかった!)、その晩、バリカンで息子の髪を刈ろうとしたら抵抗されてこちらが逆に刈られた。とのことだった。


真相を聞いてみれば「なんだ、そんな瑣末なことか。」となるが、それでも気持ちが悪いことにはかわりはない。なんで親父がガキに刈り返されたりしているんだ?と。


僕らの見えていない世界は、お互い、結構「気持ち悪い」のかもしれない。


そして、そんな裏の世界は、「みない方がまし、みせないほうがまし」。なのかもしれない。□