映画「あなたへ」を見てきた。
今の自分にもっとも必要な映画だと思った。
荒れ狂う現代のしがらみの一切を忘れ、心が穏やかに均されていくような名画であった。
富山から長崎への小さなロードムービーである。
旅先での人々との数奇な出会いが物語の起伏になるが、その振幅は過度に大きくなく、映像の中に違和感なく取り入れられている。
富山や大阪、山口、長崎等ロケ地の見所もちりばめられている。
だがこれらも含め、作品の大いなる骨格は高倉健の存在感によって作られていると感じる。
あたかも健さんの存在が行く先々の人々の行動や景色の全てをそうさせた、かのような。
人生の悲哀をじっとかみ締めている感じがいいんだよね。
つらいことも苦しいことも、やすやすと口にはしない。
しかも自分自身の悲哀だけでなく、他人の悲哀も全て一身に受けとめるかのような、やさしさ。そして強さがある。
ただ、「余計なことを言わない」のではなく「うまく口に出して言えないだけ」。という困った表情も見せたりする。
それが「不器用」という言葉に託されるのだろう。
そしてその不器用さが健さんをすぐそこにいるような近しい存在に感じさせてくれる。
すぐ自分も健さんになれそうな錯覚すら覚えさせる。だから劇場を出ると、誰もが健さんになりきった気分になっている。
近くて遠い、決して届くことのない憧れ。
健さんのような男になりたいが。
自分はせいぜいイカ飯弁当売り(草薙君)どまりだろうな.....と肩を落とす。
だが、本作は健さん以外の人々が抱える悩みの数々もまた人間くさくて愛おしいのだ。
人間くさくていい。人間くさいのがいい。
だからせめて健さんになれなくとも、人間くさく、不器用に生きる。□