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「かっこいい」とは。

尊敬する作家の先生の講演会を聴講した。

一瞬で目に飛び込んできて、じんわりと
心に沁みこんでくる作品を精力的に発表し、
画壇の中でも大きな役割を担い、
また、大学教授の職も兼務されておられる。

僕はいつも先生の作品を欠かさず見ている。

私淑している。

だが先生本人にお会いしたことは無かった。

どんな風貌で、どんなお人柄なのか。

さぞかし鋭い目力を持ち、広い見識を
お持ちなのであろう。

そういった期待も胸に秘めた、初対面を
兼ねた講演会なのであった。

 

だが。

お会いして抱いた先生の印象は、予想を
大きく外した「優しいお兄さん」だった。

自らを田舎者と称し、ゆったり淡々と話す。
まるで友達に語りかけるように。

学生時代から描き始め、制作に没頭。
就職もせず親と対立しながら制作する
ニートのような日日。
バブルの時代。友人は就職し次々と偉くなり、
家庭を作っていく。
それでもしつこく、しつこく、自分の世界に
しがみつき転げまわったという。
そして今があるのだそうである。

 

かっこいい...........。

そのかっこよさに、僕は打ち震えてしまった。

 

多くの人は(自分も含めて)尊敬する先輩たちの今を見て、
あたかもやすやすとその境地にたどり着いたかのように
錯覚する。

だが実際はそんな天才ほど鈍くさく、
しつこく、もがきながら今を作っている。

もし彼が、神様が与えた才能に寄りかかって
スーパーノヴァのように現れた天才だったと
したならば、講演など聞く価値は無い。
天才にしか持ち得ないものの話など聞いても、
僕らはどうしようもないではないか。

だけど、今燦然と輝く作品を作っている先生も、
かつては今の自分と同じように見苦しくもがき、
転げまわっていたという現実を耳にしたとき、
もしかしたら僕でもその境地にたどり着けるの
かもしれないという、強い希望がわいてくる。

手段とか過程がたとえどんなに見苦しくとも。
見るに耐えない無様なものであっても。
たどりつきたい目標を見定めて、こつこつと
積み重ねる姿こそが「かっこよさ」。なのだと思う。

 

僕もそういうものでありたい。

 

そして自分もいつか必ずその境地へ......!

 

先生の講演はこれからの自分の進み方に大きな元気の
追い風を与えてくれた。大変実りの多い講演会でした。□