あのころ ~配属日の居酒屋たちばな~

新入社員がわが部署に配属されてきた。

会社にすっかり深い根を張ってしまったおぢさんたちが巣食う職場に
きらきらとした光が差し込む。
誰もがまるでかぐや姫を見つけた翁のような目でその光を眺めている。

新入社員だったころのことを思い出す。

配属が決まった日の夜。
飲みに行くぞ!と課長が僕一人をつれて会社のそばの居酒屋へ
連れて行ってくれた。
住宅街の中にポツンと灯りをともす小さな店だったが、
その外観からは想像できないほど、店内は多くのサラリーマンが
ひしめいていて、うるさいほどの賑やかさだった。
まだお酒の飲み方も知らず、蚊の泣くような声で話していたら
喧噪に声がかき消されて、なかなか課長まで声が届かない。
次第に酔いが回っていく課長は焼酎のお湯割りに沈んだ梅干を
割り箸でつつきながら「早く即戦力になってほしい!」と
何度も何度も繰り返していた。
僕は焼酎の中で粉々になった梅干をぼーっと眺めながら、
酒に梅干なんて本当にうまいのか?などと考えていたように思う。
あれから長い時間がたって、お湯割りの梅干は欠かせないものと
なってしまった。
あのとき連れて行ってもらったお店は今はもうない。
住宅地の闇があの店の跡地を飲み干して、あのときあれだけ
賑やかだったお店がここにあったことが嘘だったかのように思う。
それから1~2年ほどたったころ課長は別の部署に異動となって、
僕もその数年後、別の部署に異動となった。
それからは一度も会う機会はない。
もしかしたらあの店も課長も狐の仕業だったのかな、なんて
考えてしまったりする。そんな長くも一瞬の時間を振り返る。

さらば青春の光。そしてようこそ、かぐや姫。□