引退

8月の終りに突然のメールが飛んで来た。

「会社を退職することになりました」

入社した当初、自分の業務指導をしてくれた先輩からだった。
当時の部署を離れて以来、一度も挨拶が出来ていなかった。
メンタルをやられて長期休暇と出勤を繰り返してきたが、
ここにきて状況はさらに悪化することとなり退社を決断した、
とのことが書かれていた。大変驚き、またショックを受けた。
実は、この先輩にはかなりきつい指導を受け、当時の僕こそが
まさにうつ病間際だったのだが、その先輩が今メンタルをやられ、
退社してしまったことになんだか言葉にならない不条理を感じて
しまったのであった.....。

当時はデジタル放送がはじまる直前で、誰もがテレビのデジタル化に
燃えていた。
退職する先輩にとってもその頃がまさに業務の黄金期だったのだろう。
メールはそのころの仕事に携わったメンバーに宛てられていた。
走馬灯のように先輩とのいろいろなつらかったことやつらかったことや
つらかったことを思い出す。中でもとくに印象に残っていたことがある。

入社3年目くらいのころに他部署との技術交流発表の研修があった。
同世代の技術者と互いの技術を発表しあい、交流を図るものであり、
そのための発表資料を作っていたのだが、
先輩からは連日かなりきつい指導が続いた。
散々怒鳴られ続けたのだが、それでも良くなっていかない資料に、
最後は先輩が「かせ!」と怒鳴ってぐいぐいと絵を書き足していった。
資料はみるみる力強くなっていった。
このとき僕は「引き寄せる」ということを間近に見せてもらったのである。
ただ、だらだら書くだけでは決して伝わりはしない。
熱い思いを持って「こうです!」と言い切るように引き寄せ、書き足さないと
伝わるものにはなっていかないのである。

あのときの先輩の指導は今なお時折思い出す。
とてもきつい体験ではあったが、自分の貴重な1つの財産になっている。

またいつか、どこかで、もう少し自分が大きくなれたときに、
先輩と再会し、あのころのことを笑い話にして酒でも飲みたいと願うのである。□