5ヶ月目のイタリアン

大阪・福島区のはるか北。
もはやここは福島とはいえないのではないか。
そんなところにそのイタリアンの店はあった。

18:00開店に合わせ入店。
大変美しい内装。テーブルに隙なく並べられた食器が光る。
カウンターには若いシェフが一人。そして給仕が一人。
とても静かな店だった。
客は僕ら以外に居ない。
そしてしばらくの間、他の客が入店することは無かった。

しかし。出てくる料理の完成度に舌を巻く。
大きな皿の真ん中に小さく作られた料理の緻密さに宇宙を感じた。
まるで、20号サイズのキャンバスに1000人の人間を描きこんだ
ブリューゲルの「バベルの塔」のような緻密な仕事だ。
この小さな料理にこれだけの魂をつめこんでくるのか。と唸る。
続く、パスタ、肉料理、魚料理とどれもが美味く深く強い。
コースが終わった後も、つい他の料理にも探りを入れたくなり、
チーズのリゾットを追加注文する。これがまた痺れるほど美味い。
ミシュランミシュランなどと騒ぐことが愚かしいと感じるほどに
何もかもが美しい仕事だ。

「開店してどれくらいですか」思わず尋ねてしまった。

「5ヶ月です」

驚愕するが、刹那、納得する。
永い修行を経て、強い想いをもち、ついに開店した。
だがここにはもう頼れる師匠はいない。師匠の名前で来る客はいない。
これからは全て自力で客を呼び店を強くして行かなくてはならない。
たった一人の客にも、全力を込め、いい料理を出し、記憶してもらい
また次のお客さんにつなげていきたい。絶対に満足してもらいたい。
そういう強い信念をシェフから、店全体から感じた。
給仕もフォークをすぐに取り換えてくれたり、
コーヒーを入れるタイミングをずっと読んでいたり、
料理に合うハウスワインを提案してくれたり、
考えられるあらゆるサービスをこの一見の客に提供してくれた。

初心の美しさ。

あらゆる準備を終え人生を生き切ろうという大いなる旅の始まり。
そんな彼らの出発点を僕は、この料理を経て目撃したのである。

これから5年、10年。この店はきっと大きくなっていくことだろう。
そして、また次に僕がおとずれたとき、彼らはどんな料理をだして
くれるだろうか。

それを教えてもらうために僕はまたこの店を訪れなくてはならない。

そして僕は彼らに負けない絵を描けているかを噛み締めなくてはならない。□