災い転じて。

金曜日の晩、自宅に帰った後、職場に携帯電話を忘れて来てしまったことに気が付いた。

土日に予定が無いのなら月曜日に出勤したときにでも回収すればよいのだが、この週末はアトリエの用事があって、何人かの人に連絡を取らなくてはならなかった。携帯電話がなくてはどうしようもない。
やむなく土曜日の朝、携帯電話を取りに職場に向かうことになった。
個展に向けた制作が遅れていて、少しの時間でも惜しい時期である。
携帯電話の回収だけで往復2時間もの時間をかけてしまうことに、正直ちょっぴり落ち込んだりもした。
だけど、冷静に考えてみれば、移動中の電車の中で本も読めるし、作品の構成を考えることもできる。歩いている時間を除けば、家の中でやる作業の一部は移動中に概ねできてしまう。
こんなことでもなければどうせ家に閉じこもって制作をして、太陽を見る事も無く1日が終わるだけである。たまには朝の時間に仕事目的以外で外出してみるのもいい。

携帯電話を回収した後、ふと毎朝通勤時に見ている木を簡単にスケッチした。
忙しい時間でありながらも、ふだんできない木との対話ができた。
風はまだ少し冷たい。スケッチブックに向かっている間、人が僕の視界の右から左、左から右へと流れていく。休日であっても彼らは忙しい。
だけど、僕はその流れに乗らずに足を止めている。僕の休日はその瞬間、止まっていた。自分の中だけ、とくべつな時間が流れているのを感じた。忙しくともあえて足を止めてみることで得られるこの豊かな時間。

携帯忘れから始まった休日朝の外出だったが、やはり外に出れば何かが見つかる。

災いは転じて福となる。忙しいときほど冷静に足を止めてみたいものだ。□