アクロバット

少し前に「オデッセイ」という映画を観た。
リドリー・スコット監督の名画である。

人類が火星に降り立つことができたというくらいの近未来。
調査員の一人が事故で火星に取り残されてしまい、地球からの支援を受けながらなんとか火星で自炊しながら生きながらえ、無事地球に戻るまでのサバイバルが描かれる。

(ネタバレ御免) ラストで、地球からやってきた救援者に主人公が救い上げてもらうシーンがあるんだけど、トラブルが発生して主人公は宇宙空間で待つ救援者のところまで自力で行かなくてはならなくなる。危うく宇宙空間に放逐されるか、という冷や汗ものの即興のアクロバットをやりのけて、主人公は救援者の手をつかみ、無事に地球に帰還することになる。
このラストシーンは、まさに崖っぷちでの綱渡りのようだ。
ひとつ間違えたら宇宙空間に放逐され、二度と生きて戻って来られないという絶望的な危機の中、救援者が伸ばす手に主人公はエイヤと飛び込むのである。

もちろん救援者たちは最悪の事態にはならないように、事前に綿密に主人公の火星脱出の計画を立てている。それでも本番を迎えたときには、予期せぬ事態がおこって計画があっけなく崩れ、その場一回限りの即興の救出劇をやりとげざるをえなくなる。

この「アクロバット」は、一枚の絵を完成させる過程にもある。
綿密に計画して描き始めた絵も、途中で遭難することが多い(というか、いつもだ)。
しっかり構成して、画材も準備して始めたはずなのに、予定していたことと反対の事件が起こる。そのとき、僕はまっさおになりながら、それでもなんとか対岸までたどりつこうと、即興で構成を変えたり、モチーフを変えたり、予定もしていなかったアクロバットを、キャンバスの中で思いつきのように実行して、なんとか着地させるのである。

できることなら、全て計画通りにやって計画通りに終わってほしい。でも、世界と言うやつは、だいたい計画どおりにいかない。途方に暮れた僕らは、そこで考えられる可能な限りの手段を、即興でひねり出して、なんとか難局を乗り越えるのだ。
まったくもって見苦しい。だけど、こうして出来上がった作品を振り返ると、計画通りにできた作品よりも、圧倒的に面白いものだったりする。
仕事ってのは、いつも途方に暮れたときから、本番が始まるのかもしれない。

 

仕事には、やっぱりその場で生まれた、ひりひりするような「即興」のスパイスってのが大切なんだろうね。□