名前を呼ぶ

組織が変わって行きます。

ごっそりと人が去って、また入ってきます。

同じ部署に来た人々がわずか数か月後には、あっという間に去っていく。
歓迎会はやったけど、人数が多すぎたり全員が来なかったりでお互いろくに名前も覚えていない。覚える間もなく彼らは去って行ってしまうのです。
そんなメンバーの一人と、偶然、給湯室で出くわしたときのこと。
彼は何の前触れもなく僕に声をかけてきたのです。

「増田さん、お仕事の調子はどうでしょう」

まるで、これまで何年も一緒に仕事をしてきた仲間であるかのような気さくさで。
どきっとしました。同時に心のまんなかに火が灯せられたような気持になりました。

同じようなことが、他にも何度かあります。
新しいビジネスパートナーと打ち合わせをすることになって、名刺交換をし挨拶しました。
「増田さん、どう思いますか」
打ち合わせに入るや否や、先ほど名刺交換をしたばかりのビジネスパートナーに名前を呼ばれ、頭の中がポッと白くなったことを覚えています。

名前を呼ぶ。という行為にはなにか不思議な力があると感じています。

名前を呼ばれたとき、初めて自分は相手にとって魂の入った一人の人間になれたような気がするのです。

名前を呼ばれるまでの時間は、まだ自分という存在はこの世界では「試用期間」であって正式に存在を認められていないというか。そんな感じがしています。
まるで、目の入っていないだるまというか。宙に漂っている実体を持たない魂というか。
それが試用期間を経て「君はこの世界で存在していてもいい」と認められたとき、初めて名前で呼んでもらえるような気がしているのです。
名前を呼ぶという事は、この世界でお互いの存在を公式に許可する一種の儀式のようなものかと感じています。
出会ったばかりのチームメイトやビジネスパートナーにいきなり名前を呼ばれて白い気持ちになったのは、多分、会っていきなり存在を認めてくれたという、予想外に早いボーナスのような気持を僕が受けたからでしょう。

こんな経験もあって、僕はなるべくすぐに新しく知り合った人を名前で呼ぶようにしています。

名前を呼ぶということはそれほどうれしいことだし、信頼しているんだよという呼びかけの意味を持つと考えています。

だからね、みんな名前を呼ぼう。

名前には言霊あるぜ。いやまじで。□