「移動」という名のスイッチ

自宅で仕事。というスタイルが広がってきています。

場所や時間は問わない。成果を出してくれればいい。

いわゆる働き方改革というものが広く知れわたって、実践されるようになってきているということでしょう。

僕は古い人間なので、やっぱり朝起きたら会社へ行くというのが体に浸みついていて、家で仕事していいよと言われても、はいそうですか、では明日から自宅で。とは、なかなかいかない。
ただ、今年は本当に台風が何度もやってきたから、帰宅難民になるくらいなら家で仕事しましょう。という雰囲気が周りにも出来てきて、自然に自宅で仕事を試してみる機会を持てました。

仕事が始まってしまえば、もうどこでもいっしょです。

むしろ周りががさがさしていなくて普段よりも集中できたくらいです。

ただ、違和感があったのは「移動が無い」ということでした。
自宅で目が覚めて、そのまますっと机に座ったら、もうそのまま仕事が始まるのです。
通勤という時間がない。
僕にとっては、会社に向かって歩く。物理的に離れた場所へ向かっていく。という行為を経て、頭を自宅というプライベートから、会社というパブリックに変換をしていたんです。

そこでふとこれと同じ感覚を、実はもっと前に経験していたことを思いだしたのです。

アトリエです。
僕にとって絵の制作も大切なもうひとつの仕事です。
アトリエは自宅の一室。これってまさに、在宅勤務ではないか....!

会社の業務が終わり、自宅でもう一つの仕事=絵画制作が始まる。
個展の制作が佳境に入ったとき、その日の絵画制作の仕事が終わった後も、制作中の絵が「もう終わり?こんなんでいいの?」とずっと声が聞こえるような気がして、少しも気持ちが休まらないんです。
やっぱり「自宅」と「会社」と「アトリエ」という空間は、それぞれ物理的に離れたところにあって、「移動する」というスイッチを経て、公と私の頭を切り分けないと、しんどいなぁと感じたのです。

「移動」という名のスイッチ。
実はこの考え方はとっても大切なのかもしれない。
働き方改革も、答は1つではないのかもしれない。働き方改革、まだまだ過渡期です。


#で、つまりやっぱりどこかにアトリエが欲しいんだな、僕は。□