街の灯

その日の居酒屋はとても静かだった。

カウンターだけの小さなお店だけど、料理や酒はとても美味しい。
割烹風の日本料理を出してくれるのだが、祇園で同じような料理を食べたらきっと数万円はかかるだろう。
そんなお店だから、地元では人気が高く、満席のことが多いのだが、その日は珍しく客は僕らだけだった。

軽く新年を祝いながら静かに料理と酒をいただいていたのだが、突然一人の男性が店に入ってきた。

客ではなかった。
日焼けした彫りの深い顔。インドか中東出身の男性と思われた。歳は30代くらいだろうか。
日本語が不得手のようで、小さな紙に日本語で何か説明が書かれた紙を店主に渡してきた。
そして彼は、かばんから何枚かの絵を取り出して、店主や僕らに見せ始めたのである。
どうやら絵を買ってほしい、ということのようだった。
A4くらいの紙に描かれた、ディズニーのアートのような色鮮やかな作品で、一部に金箔などが貼られていた。

「No, thank you!」
と、お断りすると、男性は残念そうにかばんに絵を戻し、肩を落として店を出て行った。
結果、追い返すようなことになってしまったけど、なんだか同じ絵描きとして心に染み入るものがあったのです。

昭和の映画によく登場する居酒屋では、客のテーブルにギター片手にナガシがやってきて曲を歌って小銭を稼ぐというシーンがあったように記憶している。
映画「モンパルナスの灯」では、ジェラール・フィリップ扮するモディリアーニが、居酒屋でデッサンを買ってくれと客のテーブルを回るシーンがあった。残念あがらデッサンは一枚も売れないわけですが....。

そんな切実な願いや想いのようなものを、彼からも感じてしまったのです。

「価値」というものは、本当に人に伝えるのが難しいものです。
情熱や想いや、危機感はある。けれど、人々にとっての「価値」にはなっていない。
ものづくりをする様々な経緯で、そういう無念さのようなものを僕もずっと持っていて、だから彼に共感する部分があったのでしょう。

彼は今日もどこかで絵を描き、また居酒屋を回っているのだろうか。

互いに人々の「価値」になる、いいものを生み出せていけたらいいなと、影ながら応援しています。


今日も読んでくれてありがとうございます。
さらには「マッチ売りの少女」までさかのぼる話ですね。「同情するなら金をくれ!」という流行語もありました。□