今日の一冊

 

「犯罪小説集」 角川文庫 吉田修一(9点)

 

f:id:massy:20190616095000j:plain

 

青田Y字路

曼珠姫午睡

百家楽餓鬼

万屋善次郎

白球白蛇伝

全五話の短編集。


「犯罪小説集」というタイトルにあるように、どの話の中でも犯罪が発生するのだけど、後半まで犯罪の気配もなく、むしろ順風満帆でどんどん調子が昇って行っている人間の様が語られたりしている。
犯罪はいったい、いつどのように起こるのか.....?
犯罪が発生するまでの「まだか、まだか」という緊張感と「このまま平和に終わってくれ」というような祈りのような気持ちが錯綜し、ページをめくる手がとまらない。

「青田Y字路」は幼女が疾走してしまう事件だが、犯人は誰?とうより、事件に遭遇した残された人々の苦しみや変わっていく姿を中心に描かれていて、どこか身近で不気味な余韻を残す。

「曼珠姫午睡」は三角関係で殺人事件の容疑者になったかつてのクラスメートの女の子が、遠い存在になった今もまだ身近にいるような、自分の分身であるかのように描かれ、すぐ横にある奈落を垣間見せる。


万屋善次郎」は限界集落に帰ってきた善次郎が、村おこしに養蜂場を作ると村人たちと盛り上がっているのだが、ちょっとしたきっかけでレールがはずれ、村十分まで阻害され、最後には殺人にまで逆転する。声を持たない主人を慕う犬たちの存在が不気味だ。

「白球白蛇伝」は貧乏家族から登り詰めたプロ野球選手の栄光と、あっという間に終わってしまった栄光の後の時間に、資産をみるみる使い崩し、やがて借金に追われ、奈落に落ちていく男とその家族の様が描かれる。

どれも実際によく耳にするような事件でありながら、人物や設定、状況の描写がリアルで、ちょっとしたきっかけで僕らも似たような事件に巻き込まれうるといった身近さを感じ、恐ろしくなる。

犯罪というモチーフを通しながら、「人間」が描き出され、「人間とは」という問いかけが提示される。

はらはらして、浸み込んで、考えさせられる小説である。怖くて、おもしろかった。□