謁見未遂

 

万年筆の調子が悪い。

 

....と思ったのが3月くらいだったろうか。
ペン先が乾くのだろうか、少し書くとインクが出なくなり、軽く振ると出るようになるのだけど、しばらく書くとまたすぐに出なくなる。そんなことを繰り返していたのです。

毎年6月ごろにナガサワ文具主催の万年筆フェスティバルが開催されるので、そこまでは、だましだまし使って、フェスティバルに来られる万年筆ドクターに診てもらう予定でいたのだけど、コロナウィルス蔓延の時世を鑑みて、万年筆フェスティバルは中止となってしまったのでした。

しばらくして、改めて7月に万年筆ドクターに診断してもらえる機会があると聞いて、予約していたんだけど、さあ行くぞという矢先に、昨今のコロナの二次的な蔓延によって、またも直前での中止が決定されてしまったのでした....。

流石に待てないな。と、店の方に連絡を入れたところ、万年筆ドクターは不在だけど診られる店員がおられるとのことで、代理で診てもらうことにしたのです。

万年筆ドクターは長年経験を積んだ大ベテランという方でしたが、今日代理で診ていただいた方は、かなりお若い。でも、外見などは全く関係がなく、今日のスタッフの方も、原因を丁寧に説明して、10分程度でしっかり調整をしてくれました。

4か月にわたる万年筆の不調は、すっきりと解消されたのでした。

 

ブランド。というものを考えてしまいます。

 

「万年筆ドクター」という名前、それ自体にものすごいブランド感があるのですね。

まさにイメージ通りの、熟年で、白衣を着た、ベテランの「ドクター」が、目の前に現れ、ルーペを片目に押し当てて、万年筆のペン先を念入りに調査し、インクで汚れた手に独自の道具を握り、小さな調整をしていく。
もうそれを見ているだけで、絶対治る!と思うし、やっぱり「ドクター」でないと治せない!と思ってしまう。
6月の延期が決まったとき、ドクターのTwitterを見たら、急ぎの人は万年筆を郵送で送れば有償で調整します。との情報が発信されていたのだけど、やっぱりそれなりの費用が掛かるわけです。それも急ぎの人や、万年筆をこよなく愛するひとたちにとっては、ドクターだから仕方がないとでも思って調整をお願いしていたのでしょう。

だけど、いっぽう、万年筆を調整したりできるのは本当にドクターだけなのか、といえば、もちろんそうではなくて、プラチナやセーラー、パイロットの社員の中にも、そして販売店の中にも、技術に精通したスタッフはたくさんいるはずなのです。

そんな当たり前のことを、ぼくはすっかり失念してしまっていました。

万年筆はドクターでしか治せない。と思い込んでいたのです。

でも、そうではない。
企業が「囲い込み」とか「コモディティ化」といっているものが、ここにもあるのだなと気づいたのです。
万年筆ドクターはすごい。だけど、万年筆ドクターでななくても、万年筆を治してくれる人がいる。僕の中での、ドクターによる囲い込みは今日、コモディティ化してしまったのです。
今日、「万年筆ドクター」という名の高いブランドの壁に、穴が開いて、中にたまっていた独自のスキルという名の水が、どんどん外に漏れ出していってしまうことを連想しました。

消費者としてはうれしくもあるのだけど、当事者としてはちょっと悲しい出来事でもあるのかもしれません。

 

ただ、万年筆という、たいそう使いづらいくせに不便益をもたらし続ける不思議な文房具は、今なおMade in Japanであり続けていて、なんだか日本人として、誇らしくもあり、がんばってほしいと応援している所存なのです。□