アトリエの先輩が話してくれた話です。
市内に1~2時間ほどで登れる小さな山があります。
私も一度登ったことがあるのだけど、確かに小さくて、準備なしでも気軽に登れるから、小学生の遠足などでも登っているようです。
先輩がモラトリアムだったころ、気持ちは高揚しているのに打ち込む先がないようなころに、ある日の夕方に、ふと突然、その山に登りたくなったといいます。
市内からバスで数十分。山のふもとに着くや早速登り始めました。
日没が始まっていたけど、夏のころで日も長く、登り切るまではまだ明かるかったといいます。ただ、降りてくるころにはもう完全にあたりは闇になっていたといいます。
たとえ小さな山であり、道はわかっていても、懐中電灯もなく、手探りで降りるのは、かなり怖かったようです。
下山も半ばに差し掛かったころ、道の向こうの林から、音が聞こえてきたといいます。
「ざくっ。ざくっ。ざくっ。」
スコップか何かで誰かが土を掘っているような音です。
野生の動物が出している音ではないことは確かだったといいます。
間違いなく人間が土を掘っている音だったといいます。
.....でも誰が?何のために?しかもこんな真っ暗になった夜の山中で?です。
まさか、人目に触れずに、殺害した人間を埋めているのではないか。
そう思ったとたん、ぞっとしてしまったそうです。
ここらはおおむね平和な市ですが、峠を越える山中で死体が見つかったといった、魔が差すような事件は、確かに時折あったのです。
とたんにおそいかかる恐怖に負けまいと、先輩は闇に向かって叫んだといいます。
「こんばんは!!」
すると、スコップの音はピタッと止んだというのです。
闇の中で脂汗を流しながら、しばらく音もたてずにじっとしていると、
「ざくっ。ざくっ。ざくっ」
またスコップの音が始まったといいます。
先輩は怖くて一目散に山を下りて逃げてきたそうです。
あれはいったい何だったのか。
以来事件の報道は無いけど、もしかしたら今もあのあたりに行方不明者の遺体がうまっているかもしれない。と、先輩は言います。□