イバラード

長い間ひとつの仕事をしていると、いつの間にか、同じ仕事に携わる人に出会ったとき、すぐにその人との位置関係というか距離というものが読めるようになる。
まるで、目を見るだけですぐに主と従の関係ができあがるサルの社会のように。(ぼくらもサルだけど)

先日、近所のギャラリーで開催されていた井上直久先生の展覧会を見学させていただいた。
イバラードという独自の世界を描き続け、古稀を迎えた先生の回顧展である。
スタジオジブリのアニメ作品「耳をすませば」の中で、主人公の雫が描く絵本の世界として登場し、宮崎駿監督とも作品を通じた交流を続けるベテランである。

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展示会場に入るとすぐに僕の中で、先生と僕の間に隔たる大きな距離と、圧倒的な高低差のある位置関係が構築された。

会場の中にイーゼルを立てて、作家本人がその場で作品を描いている。
ライブペインティングをする作家は多くいるが、イーゼルを自宅から持ってきて会場でガチで本描きしている作家というものを僕はあまり見たことはない。
たずねてみると、傍らにある2枚の作品を指さし、これは既に完成して次の3枚目にとりかかっているという。
この不思議な世界を描くにあたって、取材はどこでやっているのかと問いかけてみた。
スケッチはするが、取材はほとんどしない。下絵も描かない。全て真っ白なキャンバスに向かってから直接、描き出すという。
頭の中にあるもやもやしたイメージがキャンバスの上で具体的になっていくのが楽しくて、描き続けていたら50年たってしまったという。
その後、僕が作品を眺めている間、先生は、会場に来た若い2人組の女の子と作品についていろいろ語っていたようだが、やがて会場のはじに置かれていたギターを手に取ると、オリビア・ニュートン・ジョンの名曲「カントリーロード」を即興で奏でて歌い始めた。ジブリ作品「耳をすませば」の主題歌でもある。

 

狂っている。

 

そう思いました。
悪口ではありません。
絵描きの間では「優等生」は悪口で、「狂っている」は最上級の誉め言葉です。
はっきりと「かなわないな」と感じました。
美術界という猿山での、ボス猿のひとりだとはっきりと感じました。

小学生が教科書の隅っこにらくがきをするような感覚で、作品を量産しているのです。
描きたいことが枯渇することなくあふれ出ている。
1枚の絵を描くだけで息切れを起こしてしまっている自分では到底かなわない、圧倒的なセンスやパワーの差を感じました。
らくがきが作品になっちゃってる。これが才能というものなんだろうなぁ。

挫折とか嫉妬とか、もうそういうものですら忘れて、ただただ圧倒されるばかりでした。
他人の目を止め、足を止めるというのはこれくらいの漲るものがないと難しいのかもしれない。

ぼくもそっちに行きたいなぁ......。それが僕にとっての補陀落浄土なのだろうか...。□

 

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補陀落浄土イバラード