言いたくないことを言うということ。

どうしても言いたくないけれど、

どうしても言わなくちゃいけない。

ということがある。


10年程前、職場の友人と3人でフランス旅行に行ったことがあった。
1人は親友で、彼とは毎年二人で海外旅行に行っていたのだが、その年に限って、その親友が1人の友人を連れてきて3人で行こうということになった。
旅は楽しかった。
親友もその友人も旅を楽しんでいて、来年も3人で行こうという話に盛り上がっていた。
けれど、実は旅先でちょっとした、ごたごた、いざこざもあって、正直なところ僕は、来年以降はまた親友と二人の旅に戻したい、という気持ちになっていた。
翌年、僕の強い希望でまた親友と二人でカンボジアを訪れることになったのだが、旅に出る前、親友が電話で僕に言ったのだ。

「彼(親友の友人)にちゃんと二人で行くことを伝えておけ。」

正直、僕はどうしても言いたくなかった。黙って旅に出たいと思っていた。
だが、親友は許してくれなかった。

「きちんと彼に伝えないと、これからの俺たちの関係がだめになる。
 絶対に伝えてくれ。伝えない限り、この旅は無かったことにする。」

彼の強い言葉もあり、僕はとても気まずい思いで親友の友人に電話して、二人でカンボジアに行くことを正直に伝えた。
おかげさまで親友の友人とは今も良き友でいる。
あのときちゃんと伝えておいて本当に良かったと思っている。
そして、それを僕に言わせしめた親友には今もとても感謝している。

どうしても言いたくないけれど、

どうしても言わなくちゃいけない。

ということがある。

できることなら言わずに逃げ切りたい。
でも逃げ切ることはできない。
もし逃げたとしたら、その後の人生に大なり小なりの傷が残ってしまう。
そんな局面が人生にはたびたびあるものです。

なんだか最近、仕事やら、相談事やら、いろいろありまして、言いたくないことを言わなくてはいけないことが連続して起こっていて、心がすり減っている感じです。
でも、きちんと言葉にして伝えないと次のステップには進めないのです。
まるで鉛の玉を1つ1つ飲み込んでいくような気持です。
とてもつらいけど、でも言い切ってしまった後にはちょっとした爽快感が残る。
いわば、成功や失敗は別として告白ができたような。そんな気持ちだろうか。

そんな言葉を出す時、僕たちは「真剣」です。
「真剣」というのは大変だけど、やっぱりいいものだと思います。
言いたくないことを言う前と言った後で、峠を越えたような「成長」を感じます。
あるいは、生きていることを実感するとも取れます。

立ち向かっていかないと。ね。

 

JOJOの奇妙な冒険でDIOが「生きることとは恐怖を克服すること」と言っていたけれど、もしかしたら、それに近いことなのかもしれない。□

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