今日の一冊

 

「新装版 殺戮にいたる病」 我孫子武丸著 講談社文庫

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かつてスーパーファミコンに発売された「かまいたちの夜」というサウンドノベルの名作がある。

その原作者が、我孫子武丸氏だったのだが、当時この「かまいたちの夜」というゲームをするまで僕は氏のことを存じ上げなかった。その後、このゲームが歴史的傑作となって、我孫子武丸氏の名は僕の中で強く記憶に焼き付けられることになった。

当時、氏の経歴の中にこの「殺戮にいたる病」という作品の名があったのだが、なかなか手に取る機会がなかった。それがここにきて偶然、再販に再販を重ねた本作が目の前に現れて、ようやく紐とける日にたどりついたのであった。

 

「これを読まずにミステリーを語るなかれ。」

 

猟奇的である。

ラストにあっと驚くどんでん返しが仕掛けられているが、そこにたどり着くまでの犯人の、次々と女性を拉致し、殺害し、凌辱する描写は、サイコサスペンスといった方がしっくりくる。園子温監督の奇作「冷たい熱帯魚」を思い出させるような、目をそむけたくなるような残酷で猟奇的な描写が続く。

 

物語は、猟奇連続殺人犯の蒲生稔が逮捕されるエピローグから始まる。

それから物語は事件の前に戻り、事件を起こす稔、身近に稔という犯罪者を家族に持つ母、事件を追う元刑事・樋口の3人の視点から物語は進んでいく。

そして、猟奇的な事件が次々と起こる中、物語は脳震盪を起こすような驚きの結末を迎え、読者は呆然となるのである。

 

 

 

 

 

 

(ええと、そろそろ恒例のネタバレ満載で好き勝手書いてきますので、

 これからの方は読まないようにしてください)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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物語はしょっぱなから読者をミスリードして、最後までだまし続ける展開。

母・蒲生雅子が息子を犯罪者ではないか。と疑い、蒲生稔の大学での生活が描かれる。

ここで完全に雅子=母、稔=息子という構図が出来上がってしまうのだが、最後の最後に、稔=夫というどんでん返しが起こる。

呆然としながら、冒頭から読み直してみると、全部が罠であったことに気づく。

稔が学校で生活しているのは学生としてではなく、助教授として生活していたこと。

稔が街中で女性を捕まえて犯罪に巻き込む際、相手からオジサン呼ばわりされていること。

雅子の本当の息子は、父・稔の犯罪を追いかけていて、その様を見て母が息子を犯罪者と勘違いしていたこと。

読み違えながらも、すべてうそ偽りなく説明がつくように物語が組まれていた。

「ひとみちゃん」と聞いていて女の子だと思っていたら、不良男子だったというような、人間がもつ思い込みと、活字だからこそ騙しとおせることを最大限に利用した見事な構成ができあがっている。

現代の「アクロイド殺し」といっても過言ではあるまい。

 

 

ただ個人的には、2つひっかかった。

1つめは、ミステリーとしての強さを強く期待していたが、物語の結末が明らかになるまで続く犯罪の猟奇性、犯罪者とそれを追う元刑事のサイコサスペンスとしての物語の方が、ミステリとしての重みに勝ってしまっているような気がした。

2つめは、これほどの犯罪をくりひろげる犯人=稔が、ふつうに妻をめとり、大学生にもなる息子と娘ふたりの子供を養うことなどできたのか。43歳にもなって突然こんな犯罪なんて起こすのか。それを、読者が「父=稔」と推理出来ないアンフェアな仕掛けであるように感じてしまった。□