今日の一冊

 

「Iの悲劇」 米澤穂信著 文藝春秋

 

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「僕が短編ミステリー小説集に期待しているものはこれです!」

と謳いたい一冊だった。

 

誰もいなくなってしまった村を再生させるべく希望する住民を集め、サポートしていく南はかま市再生プロジェクト。

集まった10数名の新しい住民たち。

それぞれが都会から離れた辺境の村で求めていた新しい生活。

うまく根付いていってほしいと願いサポートをしていく市役所「甦り課」の万願寺だったが、村人たちは次々とトラブルを起こし、見舞われ、一人、また一人と去っていく。

 

僕が、短編集に求めるものは、個々の物語はしっかりと楽しめながらも、全体を一つにとりまとめるもう一回り大きなものがあるということなのだけど、全体の設計を通したうえで、ひとつずつ短編を掲載していくやり方は、短編としてそれぞれが独立して完結してほしいと期待する読者に向け、きっちり決着をつけつつも、伏線だけは残すような書き方になってしまうので、実践する作家は少ないと感じてます。(書下ろしならばそれもできるけど)

が、本書は、その両方を満たせている。

個々の村人に焦点をあて、ちょっとした謎解きも盛り込む短編でありながら、最後にしっかりすべての伏線を回収しつつ、全体を俯瞰するような大きな謎で包んでいる。

第六章まで読み終えたときに、次がエピローグとなっていて、これで終わり?とちょっとした物足りなさや説明不足な感じをいだいていたのですが。

最終章「Iの喜劇」で、それらがすべて回収されるという美しさに、うなりました。

 

廃村となった集落を復活させるという公務員の現実問題をえぐるような蘊蓄をもりこんでいるのも、物語に厚みを持たせている。

 

 やっぱり米澤穂信氏は、うまい。□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(以下は、自分へのメモ。全部書いてますので読まれる方は見ないように)

 

 

 

 

 

 

 

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第一章 軽い雨
ラジコンヘリコプターを趣味とする久野と、夜通しキャンプファイアーをする安久津とが対立。
久野は、甦り課の万願寺と観山をホームパーティに誘ったが、その間、キャンプファイアーを放置したまま外出した安久津家から出火。

久野にはアリバイがあるように思えたが、おがくずをラジコンヘリコプターを使って隣の家まで飛ばして引火させていたのだった。

 

第二章 浅い池
田んぼに水を張り鯉を育てていた牧野だったが、柵を設け、鍵もかけているにもかかわらず鯉が盗難に。実態は、屋根がなく、鳥に食べられてしまっていた。

 

第三章 重い本
多くの本を所蔵していた久保寺のもとに、隣人の立石家の幼児・速人が遊びに行ったきり消息がわからなくなる。実態は、速人が久保寺の家にかつて作られた防空壕に入り込み、天井から落ちてきた本の下敷きになってしまっていた。

 

第四章 黒い網
無線通信を趣味でやる近所の住人・上谷に激しいクレームをつける河崎由美子。
年下の独身者・滝山を食事に誘うなど不倫まがいの行動もしていたが、村全体で行われたバーベキューパーティでキノコを食べて中毒を起こす。
他の村人は誰もあたらなかったキノコを河崎だけが食べたのは、焦げ目のついたキノコを避けるという彼女の性格を読んで、蒸し器で蒸したキノコを出した夫の目論見だった。

 

第五章 深い沼
主人公万願寺と都会で働く弟との会話。ミステリー要素はない。
死んでしまった村を再生させることの無意味と都会で働くことを進める弟とのイデオロギーの対立。公務員がかかえている裏の社会的な問題を描き出す。

 

第六章 白い仏
円空仏が残されていた家に住むことになった若手一郎夫婦。
円空仏を使って村おこしをしたい長塚だったが、度重なる不幸に見舞われた若手は、占い師の助言なども受け、円空仏を見せものにすることに断固反対だった。
円空仏のゆえんを調べていた万願寺だったが、鍵もかかっていないはずの扉が突然あかなくなり、閉じ込められる。自宅が火事ということで引き返していた部下の観山が戻り、なんとか扉が開いたが、部屋に保存されていた円空仏は長塚の手によってレプリカにすげかわっており、不思議な現象は円空仏がなかったからだと激怒する若手。
扉があかなかったのは若手が反対側からひっぱっていたからだと主張する観山だったが、万願寺は腑に落ちない。

最終章 Iの喜劇
全ての黒幕は、西野課長と観山だった。
市長が起こした廃村復興プロジェクトだったが、廃村によって他の町での問題に予算をあてがうことができるというため、副市長、課長、観山は強く反対し、復興プロジェクトを手伝っているという姿を持ちながらも、裏で村人たちを出ていかせるように働きかけていたのが真相だった。