「私に飽きていませんか」
「見飽きたらそこで終わりなんです。消耗品だから」
「タピオカよりも豆大福でいたい」
テレビという多くの人の目に触れる場所で活躍するタレントだからこそ、かかえ、背負うプレッシャーなのだろう。
次々と現れる新鋭たちに先輩、ベテランとしての牽制をかけながら、自分の存在や価値を確保し、乗っ取られないように研鑽を重ねる日々。
順風満帆に見える芸能活動の裏には、過去の仕事を引きずり続ける姿や、日々の仕事に満足しきれない不安も見せる。前衛はいつも孤独だ。
自分が、飽きられる。ということは考えたことがない。
それは、飽きられたとしても母数が小さいから、生きることに影響を与えない世界にいるからだろう。
むしろ、自分が「役に立っているか」「役に立っていないか」は日々自分に問いかけられていると思う。
そして、その今の答えとしては、自分が期待する姿にはなれていない、のが正直な姿で、今なおその姿にまっしぐらに向かい続けるべきか、そのたどり着けない境地を見切って自分に自由になるべきか、を未だに決められずにいる。
見るつもりはなかった。放送自体も知らなかった。だが、目が離せなかった。
性別や年齢も関係ない。世界も違えど、かかえる問題のエッセンスは大きくはかわらない。
だからこそ共感を感じ、何かの答えがあるのではないかと、引き付けられてしまうのだろう。□