★最果てのクリスマス

 

毎年クリスマスの時期になると、必ずジョン・レノン「Happy Christmas(War is over)」の楽曲が耳に流れてくる。

 

10年以上前になるだろう。当時とても苦手な上司と、とても長い時間仕事を続けていた。今振り返ればもう少し工夫ができたのではないかと思うのだが、当時はそんな工夫をするスキルも余裕もなく、まっすぐにその上司の攻撃を受け続け、日に日に身も心もぼろぼろになっていた。

ある日、突然人事から研修の辞令が出た。
とある町のとある小さな家電販売店で、1カ月ほど業務応援に行くよう指示を受けた。

予定していた人員に欠落があったためだと説明を受けたが、こんなタイミングで突然研修が入ることには、おそらく日に日にダメージを積もらせ、落ち込んでいく僕の姿を見かねた人事や課長が、僕が潰れる前に「避難」をさせてくれたのだろうと思う。

 

僕は「逃げた」。

他の表現は思い当たらない。まさに文字通り「逃げた」のだ。
会社からの辞令とは言え、目の前の都合の悪い戦局に背を向けて、業務引継ぎも一切せず、やっかいな上司も含めて誰かにそれを押し付け、自分だけスタコラと逃げたのだった。
それまでどんなにつらくても退いたことはなかった。退くことは自分の選択肢の中になかった。退いてしまったら、もう二度とこの場所には戻って来られないかもしれない。そんな恐怖が自分の中にあったからだ。だが逃げることを選択したその時、もう戻って来られないかもしれない。そんな覚悟もした。恐怖もあった。
体中に矢が刺さり、血だらけの満身創痍で業火にまみれる都を離れ、誰も来ない山奥に必死の逃亡をはかった落ち武者のような気持で、僕は「逃げた」。

 

応援先の販売店では、日々の業務とは全く違う時間と規律があった。
もちろん、この世界にもこの世界だけの大変さがあったが、店長の運転する軽トラックに乗り込んで、お客様のお宅を回って製品の納品や修理をしたりするうちに、それまで受けていた体中の棘は徐々に抜け落ち、傷が治癒していくのを感じていた。
午前の仕事が終わると「飯行ってきて」と声をかけてもらった。一人にしてもらえることがとても嬉しかった。
毎日必ず通うお気に入りの洋食レストランを見つけた。
カウンター5席、テーブル2席くらいの小さな店だったが、美味しかったし、なによりとても静かで、物静かに料理をもくもくと作ってくれる店長の姿を眺めているだけで気持ちが落ち着いた。
12月に入りクリスマスも迫っていた時期だったろう。店内にはいつもジョン・レノン「Happy Christmas(War is over)」やジャクソン5「I Saw Mommy Kissing Santa Claus」といった楽曲が静かに流れていた。その曲を聴きながら、最果てまで逃げてきてしまったみじめさと孤独を、料理と共に噛みしめた。

それから年が明け、職場に復帰した自分だったが、直ぐに体調を崩して、さらに1か月の入院をすることになった。

長い人生でも最もみじめで、過酷で、孤独な時期だったろうと今でも思う。
だけど、振り返るたびに耳に聞こえてくるジョンレノンは、あの小さなレストランの味と人生で最も落ち込んでいた自分の状況と共に、鮮烈なクリスマスの美しい記憶として脳に焼き付いている。
長い人生でも、決して繰り返されることのないほど、みじめで、過酷で、孤独であった体験が、クリスマスの楽曲やレストランの暖かさと紐づいて、忘れがたい美の結晶となって、僕の記憶に焼き付いたのだった。

 

ひとそれぞれに、それぞれのクリスマスの形がある。

一人でインドアに過ごすクリスマスもあるだろう。

カップルで楽しい食事をするクリスマスもあるだろう。

家族や仲間と盛大にパーティを楽しむクリスマスもあるだろう。

ぼくにはそういうクリスマスの思い出は無いが、あのときの孤独は、自分の人生の中でも、なににも代えがたい最も美しいクリスマスの思い出となっている。□