当時のゲームセンターが小中学生への禁止区域と指定されるほど、対してビデオゲームの進化がより著しくなっていた。
ビデオゲームメーカーの人々は、ゲームの質を向上させることで、社会的に目を背けられているゲームセンターに光をともそうとしていたのかもしれない。
抑圧に抑圧され続けた当時の自分のビデオゲームへの想いは、脳内で神格化され、ゲームそのものを超えるほどの「奇跡の象徴」として脳裏に焼き付けられてしまった。
この気持ちはロミオとジュリエットのような悲劇の恋にすら例えられよう。
当時のビデオゲーム黄金期と言われる時期の中でも、とくにこの4本は自分の中で圧倒的な「ご本尊」となってしまい、今なお、そのBGMを聞いたり、画面を眺めるだけで心が震えたつような気持ちになる。
家庭用ゲーム機の性能が向上し、これらの作品を軽く超越したゲームが多発される現在となっても、脳裏に焼き付くこれらの作品の神々しさを消し去ることはない。
今なお燦然と輝き続ける金字塔なのである。
きっと、この気持ちは誰にも共有できない「願い」や「祈り」といった記憶だろうと思う。
そんな数々の名作が、今や家庭用ゲーム機で販売され遊べてしまう時代だ。
リリースから数十年かかって、あのときに抱き続けたままねじれきった欲望が、今になって突然目の前にやってきたのである。
例えるならば、小学生の頃に大好きだった女の子が、母親になって、離婚をして、30年たった今、独身だった自分と再婚することが決まった。そんなようなことです。
追伸。....但しナムコだけは、未だにアーケードゲーム解禁には腰が引けている。
はよ、パックランド出してほしい。源平討魔伝、妖怪道中記なども期待。□