ゲームをする時間が、無い。
それでも、気持ちだけはやりたい。やる。やれる。と思ったりしているから、
深夜にNintendoSwitchを起動してみたりする。
だけど、新作Newsなどを眺めて、少しやってみようかと思った刹那、
「でも明日も早いし、やることが山積されているし........」とか、
「あの謎に挑戦するとしたら2~3時間はかかるぞ、それをするのは重い」とか、
そんなことが脳裡によぎって「今日はやめとこう」という判断になり、電源をOFFにして眠ってしまう。そんなこの半年である。
ポケモンスリープを始めたのはそんな半年前だった。
眠っている間にできるゲームならば。それくらいならば、やれるだろう。と、始めたのだが。始めて見れば今度は、眠る時間がない。
ポケモンスリープは8時間以上の睡眠をする人に優しいゲームになっていて、今の自分のように、せいぜい4,5時間しか眠ることができない奴には、結構冷たいシステムになっている。
でも、冷たかろうがなんだろうが、もうこれしかない。と思ってしまえば、まあ続くものだ。
始めた当初は、ただ画面をタッチしているだけで、ゲームの進行なんてどうでもよかったのだけど、これだけ長く続いてみると、ライコウだのエンテイだのが登場するイベントを心待ちにしていたり、レアキャラを捕まえるために、電気系や炎系のポケモンをがんばって育成したりしている自分に気づく。
飴を手に入れるために、せっせとミッションをこなしたり、がんばってくれるポケモンのスキルを上げるためにはどうしたらいいか、なんてことを真剣に考えてみたりしていて、ふと「あれ、自分すっかりポケモンにはまってるじゃん?」ということになってしまった。
今や、育児と業務の谷間を埋める、なくてはならないゲームになってしまった。
それにしても、次々と仕掛けを投入してくる作り手たちのご苦労には、毎回頭が下がる思いだ。
プレイヤーという存在は気まぐれで、すぐに飽きちゃうという面倒な生き物である。
作り手がちょっとさぼったりすると、こっちへどうぞと引く手あまたの他のゲームやらにひっぱりだこにされ、どんどん他に流れされてしまう。
今やSNSやソーシャルゲームが当たり前の時代で、作り手はリリースして終わりでなく、ずっとお客さんに寄り添い続けなくてはいけない。本当に大変な時代だと思う。
いろいろ飽きさせないために、ギミックを出してくれることに、すごくありがたい気持ちになってしまう。
対して、
ゼルダの伝説ティアーズオブザキングダムは、ソーシャルゲームとは真逆だったなと思う。
あとからアップデートでシナリオを付け足す、なんていう考えを徹底的にナシにして、やりきれないほどの全てのギミックを最初に作り、詰め込んで、発売後の追加を一切しなかった。
今どきのゲームならば、発売日までに出来たところまでをいったん発売して、シナリオ追加や修正は後で配信する、というのが当たり前になっている。
にもかかわらず、ゼルダの伝説ティアーズオブザキングダムは、世界中のすべてのゲームの前衛でありながら、作り方は当時のファミコンと同じように「売り切り」のスタイルを徹底していた。改めて考えると、こんなやり方を今とれるのもまた、ゼルダのすごさだよなと思うのである。
ポケモンスリープのように、プレイヤーをつなぐための永続的なギミック奉仕のようなゲームも、
ゼルダの伝説ティアーズオブザキングダムのように、今のすべてをワンパッケージに詰め込んで発売する売り切りのゲームも、
時代を超えて、どちらもすごく愛おしいものである。□