「今やりたいことは、なあに?」と問われたら、
一人旅に出たい、とか、
映画をたくさんみたい、とか、
ゲームをたっぷり遊びたい、とか、
中断が無く存分に絵を描きたい、とか、
ゆっくり美術館をおとずれたい、とか、
ミステリをじっくり読み明かしたい、とか、
居酒屋で美味い酒と肴をゆっくり楽しみたい、とか、
そんな感じなんだけど、
実際にやってみたら、実はそれほどうれしくはなかった。
なんだか、そういった娯楽だったはずのひとつひとつが「仕事」になっちゃってる。
それらを手に入れるためにがんばって時間を捻出して、やっと実現できたはずなのに、やってみたら「え、これしき?」と、がっかりしてしまったのである。
例えば、がんばってがんばって時間をつくって美術館に来てみたのに、展示物に「これだけ?」と感じてしまう。
すごくおこがましいのだけど、今現在の自分の苦境を癒すには「薄すぎる」。焼け石に水だ。
ここにたどりつくために、本当に苦しんできたのだから、それに見合う、圧倒的なすごさに震えさえてほしかったのに。
そこまで考えたときに、ふと、ほしかったものは映画館や美術館に行くことではなかったのかもしれない、と気づく。
体の中に蓄積された、とんでもないストレスや疲れを少しでも外に放出して、体の中に、隙間を作りたかったのだが、映画館や美術館に行くために、新しいストレスや疲れを生み出して、ただそれを解消しているだけというか。
体の中にもともとあったストレスや疲れはひとつも減っておらず、わざわざストレスを作って、解消しているだけだったのである。
映画でも美術館でもなく、自分にはただ、なにか「息抜きになるもの」があればよかったのだ。
例えば、ほとんど客もいない早朝のマクドナルドで朝食を食べながら、新聞を開いて過ごす30分という小さな時間の方が、今の自分にはよほど、心の処方箋になるのではないかと気づいたのである。
本当に欲しかったものは、シン・息抜き。だった。□