新聞。

 

新聞が好きだ。

 

旅先で宿泊した朝、

新聞をどうぞと配布してくれるホテルがある。

 

まだ開かれていない、きっちりとたたまれた、

印刷したばかりの紙のにおいがする新聞を、

これからはじまる旅の朝、手にしたときの喜び。

 

ホテルのロビーで、片付いた広いテーブルの上で、

新聞を広げ、隅々まで目を通すことのうれしさ。

大きな誌面の上に散りばめられた、要る情報と

要らない情報を選び取り、読み込んでいく楽しさ。

 

「合格!」と、心の中で唱える。

新聞を配布してくれるホテルは、

自分にとって、概ね「合格」である。

 

新聞という、知と情報が集約された紙媒体を、

これから一日が始まるという時間に、

ゆっくり、じっくり、読み尽くしたいという願いを、

毎日持ち続けている。

けれど、普段の日々はそんな時間を許してはくれない。

そんな毎日に新聞を手に取ってみても、

いろいろな現実に押され、挟まれながら、

ほとんど目を通す時間もなく、

すぐに翌日の朝刊が発行され、

くすぶった気持ちと共に積み重ねられていく。

 

すなわち、新聞は、毎日とるものではない。

追われる気持ちばかりでしんどくなってしまうから。

 

新聞は、旅先で時間に解放された清々しい朝に、

手にしたとき、最も「刺さる」。

それは、自分にとっては、

誕生日プレゼントをもらうくらいの喜びに匹敵する。

 

ホテルにとって、

新聞を配るということは簡単なサービスだと思う。

宿泊客分の朝刊を手に入れて、各部屋に配るだけである。

だけど、それをやってくれているホテルは意外と少ない。

ロビーに一部だけ置かれていて、みんなで読んでください

というホテルが多い。それじゃあだめだ。

周りを気にせず、自分専用の新聞が配布されなくては意味が無い。

 

日本全国すべてのホテル、旅館は明日からでも、

「全宿泊客には、朝刊を一部配る」を実践してほしいと、心から願う。□