名作ミステリーアドベンチャーゲーム「オホーツクに消ゆ」がリメイクされ、
本日、NintendoSwitchで発売された。
このタイトルは、PC版から、ファミコン版までしゃぶりつくすほど見たり、遊んだりしているタイトルなので、今改めてやるつもりもなかったのだけど、新しいシナリオが追加されると聞いて、気づけばやっぱりポチっていた。
パッケージ版は、ファミコン版のオホーツクに消ゆも遊べ、また初回限定版として付録にCDや冊子もついているから、自分の様なファンにはコレクターズアイテムとしても、価値があると思う。
ファミコンも40周年を迎え、当時ファミコン少年だったおっさんたちの弱みに刺さるリメイクやらリリースが多くなっているが、今改めて当時のタイトルをいろいろ遊んでみて思ったことは、
「ゲーム」そのものよりも、「思い出」に価値がある。
ということだ。
当時は朝から晩まで夢中になってファミコンで遊んでいた、という記憶があるが、今改めて遊んでみると、ものの10分ていどで、充分遊んだ気持ちになってしまい、コントローラを置く自分がいた。
例えば、ニンテンドークラシックミニ・ファミリーコンピュータは、ゲームで遊ぶ時間よりも、パッケージを眺めている時間の方が圧倒的に長いように思う。
眺めている、すなわち、当時の思い出に浸っている時間こそが楽しいのである。
そういう意味で、今改めて当時のゲームを遊ぶというより、当時を振り返ることができるものの方が、自分には圧倒的に価値が高い。
ゲームのプレイ動画より、ファミコン40周年記念で配信されていたケンコバの思い出を語る動画の方が面白いと感じた。
少し前に発売された「ファミコン40年生」は、堀井雄二氏や宮本茂氏のインタビューの読み応えとか、紙面で振り返るファミコンが楽しい一冊で、今も眺めている。
Wiiで発売されたドラゴンクエスト25周年記念の1・2・3パッケージは、当時の週刊少年ジャンプに掲載された「ファミコン神拳」が付録についたが、今思えばゲームよりも付録のために買ったといっても過言ではない。
さて、話しを戻すが、このたびの「オホーツクに消ゆ」もどちらかというとゲームそのものというよりも、付録のために買ったといえよう。
初回の付録に当時のLoginに掲載された記事をまとめた冊子が付くということで、買うことを決めたのだった。
今、Loginを眺めているが、堀井雄二氏、若い!笑。
オホーツクに消ゆ制作の連載記事が満載だ。
べーしっ君の新作も2本。これこれ。これが楽しいのだ。
これからも、たぶん「振り返る」系の商品が出るたびに、踊らされてしまうだろう。□