NintendoSwitch「ファミコン探偵俱楽部 笑み男」(その2)
「笑み男」は、大乱闘スマッシュブラザーズに登場させるために作られたキャラクターなのだろうか。
阿部公房の「箱男」からのインスパイアはあったのだろうか。
(注)以下、ネタバレ前提。
エンディング後にプレイできるようになる、「ミノル」モードまでをすべてプレイして、改めて本作の考察をしたい。
「ミノル」モードによって、本編で散らかっていた未解決の伏線や疑問が全て氷解した。
空木の調査した内容の共有から、突然のアニメーションシーン(かなり長めの)も差し込まれ、全ての真相が語られる。
最後までプレイし、本編中の疑問は解消され、ストーリーとしては良く練られていたものだったと感じた。
同時に、改めて前2作の「ファミコン探偵俱楽部」とは、良くも悪くも、かけ離れた演出になっていたと感じる。
物語については、ある程度納得はできた。
が、なぜこういう構成で作ったのかは、やはり気になる。
不自然に感じるほどのやりすぎな表現に、情報のないテキストによる先延ばしを感じる前半から中盤の展開に対し、突然始まる最終章の、時間切れ、打ち切りのようなエンディング。
クリア後の「ミノル」モード、いわゆるアンコールパートで、アニメーションシーンまでをも盛り込みながら、全ての疑問と伏線に映画のように回収する構成。
本編にミノルモードで語られる部分もすべて盛り込んで完成させることはできなかったのだろうか。
自分が作り手となったとき、それはできるのだろうかという視点で考えてみると、それは思った以上に難問だったのかもしれない。
どこかの段階で、本編のみに全てを詰め込むことが無理だという判断、またはこの物語はこの魅せ方が最良だという判断がされたのだろう。
主人公に加え、あゆみちゃん、空木の3人で事件を調査しているから、それぞれの視点で手に入れた情報をすべてまとめることで真相が見える。
主人公とあゆみちゃんのパートは本編中に随時切り替わることで、二人の調査内容である程度のところまで真相の表現ができたのだろうが、空木をプレイヤーに盛り込めない(盛り込まない)というファミコン探偵俱楽部のスタイル?によって、空木が見つけた情報(最も確信に迫る部分)をどこに盛り込むか、思案したのではないか。そして本編に盛り込むことが困難だったのではないか。
アドベンチャーゲームのフォーマットで、現代の目の肥えたユーザに向けて複雑なミステリーを描くことに制約や限界があったのかもしれない。
色々書いてしまったが、本シリーズへの期待はクリア後の今も燃え盛っている。
伸びしろはまだまだあるし、改善はいくらでもできそうなので、ファンの声をくみ取って、4作目、5作目とシリーズを続けて、磨きをかけて行ってほしいと、切に願う。□