今日の映画： 「怪物」 是枝裕和監督作品
（注：以下、ネタバレを含んだ考察・メモ）
かつて経験したことがない映像体験だった。
まずこのタイトルだ。なんで「怪物」？
映像を追いかける目は、劇中の「怪物」を探している。
ビルの大火事から始まる不穏なオープニング。
健気に力強く生きていたはずの母子家庭で、
息子が、学校でいじめを受けたようだ。
しかも教師から。「お前の脳は豚の脳だ」と。
抗議する母に、校長・教師たちはまるで魂の抜けた人形のような不気味な対応。
当事者の教師には、反省の色も見えず、裏でコソコソ不穏な動きをしている。
「怪物」って教師たちのこと？
一瞬そう捉えたが、次の、担任教師の視点で描かれるシーンになると、
教師は問題を起こすどころかいたって健全。
むしろ、生徒に慕われるほどの清々しい教師である。
いじめどころか、生徒を守る姿勢で日々を過ごしている。
そこに突然、烈火のように抗議する母が學校を訪れる。
動揺する教師。何が起こった？！
「怪物」は教師じゃない。
やがて深夜に失踪し、山中で発見される息子。
さらに、帰宅途中の車から突然飛び降りるなどの奇行も。
交友のある男友達らしき存在は、
トイレに閉じ込められているが、
鳴き声一つ出さずひょうひょうとしている。不穏である。
「怪物」って子供たちのこと？
だがやがて、その子供たちも、無垢で純粋であることがわかってくる。
子供たちも「怪物」ではない。
母親、教師、子供たち。
それぞれの視点でシーンが描かれていくが、「怪物」の正体がつかめない。
それぞれに不気味さが残り、先の展開が気になって目を引き離せない。
この作品がすごいのは、
謎を散りばめ、不気味な空気を漂わせる人間を描く前半に対し、
「結局、だれも悪くは無かった」という、
子供たちの健気な存在感や、空気の美しさを描く後半との、
水と油の共生とも言えようか。
僕は君のことが気になる。でも、この感情は何？
自分でもわからない不思議な感情。
誰にも相談できない悩みを隠すために
やむをえず放った小さな嘘が火種になって、
相関して、周りに火を移し、
事実がねじまがり、世界を炎上させていく。
怪物とはこの世界を捻じ曲げ炎上させる
「小さな嘘」のことなのではないか。
いじめにあいながら、友情そしてそれ以上の関係をもとめている
自分たちに気づき始めるが、
相談できる人間もなく、行き場所を健気に手探りで探す二人の姿が瑞々しい。
中盤まで盛り上がっていく不穏なミステリー感が、
ラストには清々しさに変っている。
何だこれ。という体験。
そういう稀有な体験ができる名画である。
是枝裕和監督の中でも、屈指の傑作だと思う。□
