制作日記 2025大阪二紀展(7)出品まであと8日

 

体全体を使い、思うがままに絵具をキャンバスに置いていく作業が、

純粋に「楽しい」。

そんなときは画面の上に出来上がっていく絵もおもしろくなっていて、

それを見て描くことがさらに楽しくなり、絵筆が画面をスキップするようだ。

 

だけど、そのフェーズが終わって、

「絵を完成させる」→「良い絵にしたい」なんていう欲望が頭に現れはじめると、

楽しかったはずの気持ちも、描いているものも、とたんに悪くなっていって、

絵がどんどん腐っていくように思う。

 

これまでにこの、「良い絵」から「悪い絵」に変わる境界をまたいでしまう経験を、何百回と繰り返してきて、それでもどうしてもブレーキをかけられない自分がいたのだけど、なんか、今、突然ふっきれたような気がしている。

 

絵が悪くなるのは、虚栄心とか見栄とか、自分への期待とか、自惚れとか、そんなもののために描くからなのだろう。

もう、そんなものののために描きたくない気持ちだ。

描くという行為の楽しさをそんなものに損なわれていたことが、とてももったいないということに気づいた。

 

いい絵にしたいと思って、いい絵になった記憶が一度もない。実際にないのだろう。

 

絵にも、ピークというのがあるような気がしてる。

今手を引くべき時というのがあるような気がしている。

今、目の前に宝物があって、奥に行けばもっと宝物があるのではないかというような誘惑。でもそれ以上、奥に入っていっても、もうそれ以上の宝物はない。100%ないのだ。

 

どうして今突然その気持ちに到達できたのかはよくわからない。

育児家事に忙殺された禁欲的な毎日。

自分の生きる場所をAIに侵略されていく不安。

若手不足でやせていく組織...。

いろいろな不安要素が頭の中でどろどろに溶け混じり、煮詰められた果てに、いままでシャカリキだった自分へ「なにそんなことにムキになっちゃってんの?」という一つの答えがはじきだされたような気がするのだ。たけしの挑戦状のエンディングみたいに。□