近況

 

なんだか、もう本当に俺、今、育児しかできていない。

 

この2年間は、子供が生まれる前まで普通にできていたことに、

(例えば美術館に行くだの、映画を観るだの、本を読むだの、絵を描くだの....)

「穴をあけないように」というか、

「そういった息抜きができるように」、

育児家事の仕事に穴をあけずに、なんとかして続けられるよう、

必死で抵抗をしていたのだが、もがけばもがくほど苦しくて、

それでも徐々に、育児家事に押されて、やっぱり叶わない。という

現実に押しつぶされてきた。

 

正直、俺、今どうして生きていられるのか?

と、自分でも不思議に思うくらい無茶をしてきたと思う。

でも、それは犬にとっての散歩のようなもので、

なくなっちゃったら、俺死んじゃうから。

どうしても自分にとっては生きるために必要なことだったから、

本当に必死で守ってきた。

それでもやりたいことの1/5もできていなかったと思う。

自分が「今は育児家事のフェーズだから」と割り切って、すべてのやりたいことを封印できる人間だったら、こんなに苦労することはなかったと思う。でも自分はそういう人間ではなかった。

絵を観たり、映画を観たり、絵を描いたりするのは、自分にとっての「呼吸」である。

「呼吸」を止めて2年間は生きられない。だましだましでも「呼吸」を続けて生きて来た。空気は薄かったと思う。マチュピチュのような場所でマラソンをしているような苦しさだったと思う。

 

それでもやっぱり、自分は「なにもできなかった」と、今思う。

だが同時に今、ふと「何もできないのが今である」という境地を受け入れる気持ちが芽生えていることに気づく。

育児とは、自分の個人的な欲望のすべてを捨て去ってでもやらねばならないほどの、世界も認める、人生最大の巨大プロジェクトなのだ。それくらいの命がけのライフワークなのだ。と。今、ようやく気持ちがそこに落ち着いたような気がしたのだ。□