赤ん坊を抱きながらスーパーで買いものをしていたら、
見知らぬ初老の女性から、
「あなた、えらいわねぇ、本当にすごいわ!」
......などと絶賛される。
そのときは、買い物を終え、
赤ちゃん専用カートにのせていた赤ん坊を抱っこ紐に移し、
さらにもうひとつ引っ張ってきた通常のカートに買い物かご
2つを移していた。
赤ちゃんカートには買い物かごが一つしか乗らないので、
駐車場まで買ったものを運ぶためには、
買い物かごが2つのるカートに荷物を移し変えなくてはならない。
ワンオペで対応するにはなかなかの重労働だが、
毎回していることだし、慣れてきた作業でもあった。
その様を眺めていた女性が、声をかけてくれたのである。
育児の舞台裏は、
応援やら、労いやら、激励やら、感謝やら、
そんなものは何一つないどころか、
まるで石ころのように、存在すら誰も目に入れてくれない。
会社の仕事であれば、小さな仕事であっても、良かれ悪かれ
ふつうに反応があって、労いやら、𠮟咤やらあるが、
育児にはそれが何もない。本当に、なにもない。
その過酷さはおそらく、現代の働き方改革がされた会社より
圧倒的に大であるにもかかわらず。
なので、突然声をかけられたことに、びっくりしたのと同時に、
見ていてくれた、というだけですくわれたような気持になった。
だが、ふと周りを見れば、
2人も3人もの子供を抱えながら買い物をするワンオペママが、いる。
彼女らの方が、よっぽど、すごい。圧倒的に、すごい。
自分はたった一人を抱えているに過ぎない。
労いは、まず彼女らにかけてあげるべきである。
そこには、
仕事を理由に全てを女性に押し付けてきた昭和の男どもと、
今育児と買い物にいそしむ一人の男との比較があり、
昭和に育児をしてきたであろうその女性の目には
「信じられない」というふうに見えたのだろう。
だが、自分はただ、
昭和の男らが女性におしつしてきた罪と不条理の十字架を
背負っているだけなのである。□