HUNTER×HUNTERを32巻まで読み終える。
このあと暗黒大陸編というのが始まるようだが、
このシリーズも長そうなので、
しばらくHUNTER×HUNTERから離れることにする。
どうやら2年にわたり富樫義博先生は休載中で、
長きにわたる腰痛に苦しんでおられる様子。
でも、
それでも、描く。のである。
テレビをつけるとミラノ・コルティナ冬季五輪がにぎやかだ。
男子ハーフパイプの決勝が近いようで、
平野歩夢選手の出場が語られている。
オリンピック直前に骨盤の数か所を骨折していたようだ。
それでも出場して、決勝戦に臨む状態になってる。
一般的には骨折でも滑るなんてのはもう狂気でしかない。
でも、
それでも、滑る。のである。
以前、川上未映子女史が、雑誌WIREDで、
「表現者はほっておいても、勝手に表現する。
(ので心配はない。心配するのは、表現をしない人々の方)」
というようなことを語っていたが、まさにそのとおりなのだ。
表現者は、身を滅ぼしてでも、表現をやりたいのだ。
確かにそういう自分も、生後2か月の子供が泣き叫ぶ中、
F130号を寿命を削るような気持で描き上げた。
なんなんだろうね、これ?
義務感なのか。
責任感なのか。
娯楽なのか。
楽しみなのか。
.........そういうものでもないような気がする。
たぶん、これって、.............「もうひとつの呼吸」なんだ。
そういう表現が一番近いのかもしれない。
どんなに瀕死の人でも、呼吸はするでしょ。
ただ普通の時と違って、息をするのも苦しい状況の中、
ぜえぜえいいながらも、必死で生きるために吸って吐いてる。
そういう感じに近い。
止めちゃったら死ぬ。だからやってるだけ。みたいな。
頭の中では、「なんでわざわざこんな苦しいことしてんだ、俺?死ぬんじゃねえか。」っていつも思ってる。だけど、とめちゃったら本当に死んじゃう。とブレーキがかかるから、結局苦しい方(=表現をして生きる方)を選択してる。
たぶん、どの世界も規模は違えど、そんな感じなんだろうな。と共感するのだ。
平野歩夢選手へ
がんばらなくてもいいですから。
どうぞ、お体に気を付けてがんばってください。(どっちだ)□