デスストランディング2,未だにやってます。
未だに。という表現で、良いのだろうか。
あえて世間に媚びる表現を使って見たのだけど。
2025年6月の発売から8カ月くらいが経過していて、世界はとっくに、本作品を終えて、次の作品さらにそのまた次の作品に向かっているのだろうと思ってる。
そんな中で、育児やら家事に追われ、残された小さな時間を絵画制作に充てているから、ゲームをする時間はとんと取れない自分である。それでも、世界はぐんぐん動いていてゲームは新しいタイトルがどんどんリリースされてる。その中でも、自分はデスストランディング2にしがみついている。この作品をやりきらないことには、次の作品には手を出すことはできない。
自分にとって、この作品は、一つの登竜門なのである。
それでも、プレイ時間はコツコツと100時間を超えた。ストーリーとしては1/3くらいまできたのだろうか。まだ先は長い。もしかしたら2026年もこの1本で終わるかもしれない。
ハートマンの温泉にたどりついて、サムをゆっくり温泉につからせたとき、衝撃的なイベントがはじまった。
なんだか、もうこのゲームの中の、この小さな憩いの時間だけで、この数年自分に蓄積された疲労困憊がすべて解消されたような、もっと極端にいえば、わが人生すべてのカタルシスが解消されたかのようなエクスタシーを覚えてしまった。
小島秀夫監督のこの、日本の昭和世代に訴えかけ、共感させることに全力をかけるという、奇跡のギミックに、どはまりした自分である。もう、感謝の気持ちで一杯なのである。
まー、ゲーム本編とは全然関係なんだけどね。
遊び心。というのかな、自分は、「仕事の中で遊ぶ人、遊べる人」という存在に、条件反射のように頭を下げてしまうようにプログラムされている人間なのだと思う。□