ラジオを聞きたい。
オールナイトニッポンに、サカナクションの山口一郎。

オールナイトニッポンGOLDに、いくらちゃん、Ado。

さらに定番の「琉球ソングブック」「ラジオシャングリラ」「Super J-Hits Radio」「J-POPレジェンドカフェ」「おとといラジオ」といった、耳なじみの番組も控えている。
が。ただラジオに耳を傾けるということが、どうにもできない。
イヤホンを耳に差し、じっと音の流れに身を委ねる―そんな時間の過ごし方に、どこか落ち着かなさを覚えてしまう。
だから、描く。
絵画制作は、自分にとって、酒を飲むためであり、ラジオを聴くためでもある。
……と、ここまで書いて、自分ですら、なんだそれと思ってしまう。
本来、絵を描く理由は、「どうしても表現したいものがあるから」ではなかったか。
ラジオを聴きたいが、手持ち無沙汰になる。だから、その時間を埋めるために描く。
それって、本末転倒ではないか。
でも、そうなのだ。
聴きたいラジオ番組がある。ならば、聴く間にせっかくだから筆を取ろう。
ただそれだけの、ささやかな動機なのである。
「もう描くのはこりごりだ。しばらく休もう」
そんな決意を口にしたとしても、心惹かれる番組の放送があれば、再びキャンバスの前に立っている。
しかし、このささやかで頼りない理由とともに、気がつけば二十年という歳月が過ぎていた。
そう思えば、これもまた、自分なりの創作のかたちなのかもしれない。
「制作したらビールが飲める」
「制作の間、ラジオが聴ける」
そんな本末転倒な動機が、20年にわたり俺に絵を描かせているのである。□