自分が絵を描くとき、誰かに「僕は何を描いたらいいんでしょう」なんて聞くことはない。
頭の中のはるか深くに、描かねばならない。描きたい。というような、意欲というか、使命のようなものが脈々と流れ続けている。
これは、誰かに言われて流れているものでもなく、自分の意思で流そうと思って流しているものでもない。「気付いたら、勝手に流れていたもの」である。
でも、「あー描きたい!描きたい!描きたくてたまらなーい!」...なんてことはなくて、むしろ〆切があって、やむをえず描いていることも多い。
毎回、こりごりすることもある。
が、それでも、「もうやめた一生描かない」となることはない。
自分の中で、多少の乱気流はあっても、墜落することはない。それもパイロットとしての自分が意識してではなく、無意識に操縦していて、墜落をまぬかれながら、勝手に飛行を続けているのだ。
制作に入る。
どんな絵を描くか、スケッチブックに下書きをして構成していく。
ぼやっと頭の中にあるイメージを、形にして観たい。
自分が観たいものを描く。
自分が自分のファンなのかもしれない。
そんなぼやっとしたものを、より具体的にするために、モチーフを右へ左へ動かしたりしながら、自分の中でしっくりくるまで、何度でも描き直す。
それがあるところまで煮詰まると、「よし。これならば、最後まで飽きずに描けそうだ」と納得ができて、まずエスキースが完成する。
--------------------------------
★ここで誰かにこの構成はいかがでしょうと相談することもある。
構成がひどい絵は、その後いくら丁寧に描いてもいい絵にはならない。
構成がひどいかどうかは、自分では気づけない。
このポイントが、制作の一つの分岐点なのだ。
--------------------------------
そして、タブロー制作に入る。
キャンバスに絵具を載せていく。半分か。または全部か。
あるところまでできたタイミングで、支部展に出してみる。
支部展は予選のようなものだ。
--------------------------------
★ここでこの途中過程が正しいのかを誰かに相談することもある。
自分の中でよいと思い込んでいるものが本当に良いのか。
そもそもそれが全部間違いなのか、などを確認するのだ。
いわば、森の中で分かれ道が出ているようなころあいで、
どっちが、自分の目指したいゴールにつながっているかを問いかけてみるのだ。
--------------------------------
そしてまた、描き、修正する。
しかるべき機会があればそこでまた相談する。
......そんなこんなを繰り返しながら、作品は完成する。
制作の期間中、誰かの目を通すのは★の箇所だけだ。
これを業務に置き換えてみる。
まず「俺、なにをしたらいいんでしょう」なんて聞いてはいけないのだ。
お前が絵を描くときに、何を描いたらいいなんて人に聞いても、人はしらんがな、である。その後のエスキースも、タブローも、極論、誰にも聞かずに完成に向かうことも多いし、むしろ、「俺のやることに口を出すな」くらいの強い思いがある。
そういう気持ちで仕事に向き合うということだ。人を巻き込んで聞いていいのはせいぜい★のところだけだ。
要するに、「自分はこうしたい。これがしたい」をまず持たないことには、何も始まらないということだ。それは他人の中には無い。
どんな手を使ってでも、自分の中から、やりたいことをほじくりだすしかないのだ。
底は肝に銘じておかなくてはいけない。□