ポイ活男

 

ポイ活をする主婦。というのをテレビで見た。

 

「10年でためたポイントは1000万円を超える。
 ポイントがなかったら家も買えていなかった。」

 

何かを買うときには、必ずクレジットカード、アプリ、ポイントカードを提示し、ポイントをためていくと言う。

その徹底したモチベーションの高さに、ほええ。と声をあげてしまう。
だが、最近の自分も似たようなものではないか、と思い当たることもある。


スーパーで買い物をする。調理をする。家計簿をつける。

5月から、そんな主夫的生活をずっと続けていたのだが、最近になって1円でも安く買いたい。という気持ちが芽生えてきた。

同じ食材であっても、特売日であれば安く買える。別のメーカーのものを選べばさらに安く買えることもある。買った後に、どこかでより安くできたのではないか、と悔やむようになる。

食材はしっかり使い切り、食べきり、無駄がないようにつとめる。

クーポンをもらえば必ず使うようにする。

セールを目指して出かけていく。

ポイントもしっかり貯める。

これってもうポイ活を実践しているのではないか、と思い至った次第である。

主婦たちはどうして1円にこだわるのか、それが今やっとわかってきたような気がする。

小さなことかもしれない。
だがそのコツコツとした活動がやがて山になるのである。
それが達成できていると感じる過程もまた楽しいのである。□


追伸。だけど、居酒屋はやめられないのだけどね.......。

どっちも「心の銭湯」なのですから。

スーパーが心の銭湯の「女湯」ならば、居酒屋は心の銭湯の「男湯」なのである。

あ、語録だね、これ。

本屋好き

本屋が好きである。

本屋をはしごをしているときに至福を感じる。

本屋なんてどこに行っても同じ本があるだけでは。

と思うかもしれない。

だが違う。

本屋ごとに広さの違いがある。

それによっておける書籍の量も変わる。

それによってイチオシする本も変わる。

それによって陳列のレイアウトも変わる。

全ての本屋を巡ってそれらを確認する。

いくつものオピニオンから最近のトレンドや埋もれたイチオシを探し出す。

未知の本がずらりとならび、その表紙をながめるだけでカタルシスである。

かけがえのない至福の時間なのである。

ふと、主人の紐から解放されて、好きな場所に走り電柱にマーキングしていくわんこのイメージが、不覚にも自分に重なってしまった.......。やっぱり、ぼくの前前前世はわんこだったのかなぁ。

ほぼ日手帳2020を手に入れた後、BOOK1st丸善、きのくにや、BookSTAND、ジュンク堂を巡る。はあ~しあわせしあわせ。

わんこ力也は今日も本屋を走る。□

制作日記

描きたい。という欲望を抑える。

描かないことが作品をより抽象化し、鑑賞者にのりしろを与える。ということは頭が知っている。

だが、10年も前から頭では知っているものの、いつも体は描きたいと叫んでいる。

その叫びに逆らえず、ぼんやりとした描き切れていない箇所をきっちり描き決めこんでしまう。

そして挙げ句に、絵は説明くさくなり、だいなしになってしまう。

そんな馬鹿なことを10年繰り返している。

どうして体はあそこで手を止められないのか。せっかく絵は面白くなってきているというのに。

結局、体が100%、飽きた。というまで描くしかないのだろう。

体の中にある、描きたいという欲望が完全に干上がり、枯渇するまでやり切ってないと、にわか仕込みのスタイルには体がついてこられないのである。

この秋の二紀展に向け現在鋭意制作中だが、これはこの1年のガス抜きのひとつの成果である。

少しずつ、毒素は抜けてきているのだと思う。その成果を発表できれば良いと思っている。□

納豆好き

納豆好きである。

幼い頃からずっと日々の食卓に登場し、食べ続けているが、いっこうに飽きることがない。

いろいろな発酵食品がある中で、これほどまでにご飯に合うものもない。

納豆を苦手としている人は多い。
だが、彼らであっても納豆が確実にすばらしいことは知っている。テレビの健康番組でもたびたび紹介されているからである。
納豆を否定する人に、僕はこれまで出会ったことがない。そんな食品もまたそう聞かない。

やっぱり納豆はすばらしい。

納豆はどの銘柄でも美味しいのだが、これまで食べてきた中で最もおいしい3銘柄を選ぶと下記になる。

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くめ納豆「北海道納豆」

 

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平家納豆

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近江の大豆「豆力」



コラーゲン入りや海藻入りなど、たれで変化をつけようとするものもあるが、個人的には豆そのものが一番おいしいと感じたものが好きである。
上記3つはベストオブベストと思っている。

どれも飛び切り美味いので是非お試しいただきたい。
ただ、平家納豆などは関東でしか手に入らないし、豆力はスーパー平和堂のブランドらしい。北海道は東西どこでも手に入る。地方色は強い。

なにはともあれ、納豆は間違いなく僕にとっての日本遺産なのである。□


追伸。まんが日本むかしばなしの懐かし動画「納豆」が見つかったので、ご覧ください。

www.youtube.com

今日の語録

 

「あんたはこれから、長い休日に入るのね。
 そうするといい、休みなさい。
 大丈夫、あんたが、休んでいるうちに心の底から変わってしまわなければ...。
 きっと誰かが、あんたの休日を終わらせるはずだから。」


米澤穂信「いまさら翼といわれても」~長い休日より)

今日の一冊

 

古典部シリーズ6)「いまさら翼といわれても」米澤穂信著 角川書店(10点)

 

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10点満点です。

これまでの5作品にちりばめられた古典部メンバーたちの裏ストーリーがスピンオフとなった短編集。

これまでの作品はミステリの謎にもっとも作者の力が注がれていたように感じるのだが、ここにきて、これらの短編はミステリの要素もさることながら、ホータローや千丹田える、伊原麻耶花たち古典部の面々のドラマがいっそう深く描きこまれていて、ミステリ要素がおまけのようになっている。
そしてそのドラマが、深いのである。

それぞれのキャラクターたちが主人公となるような切り口は、まるで個々のメンバーがボーカルをするユニコーンのような素敵さがある。

とくに、伊原麻耶花が中学時代の卒業制作の秘密を紐解く物語と、漫画研究会の確執から独立する物語の2つは、まさにTHE青春!で、素晴らしすぎて震えた。まとめかたも美しい。

キャラクターがお互いに長くかかえていた偏見や想いが、少しずつ紐解かれ読者に提示していくことも、全く違和感が無く、キャラクターが深く作りこまれていることを知った。

個々の作品が1つ1つ完成されていながら、全体として古典部の4人のドラマが1つの柱になって進んでいるように感じる。米澤穂信氏の作家としてのキャリアと共に成長している感じもする。

あー、はやく7冊目が読みたい!!□

 


(以下、自分へのメモ。ネタバレしますので読んでいない方は注意)


1話 箱の中の欠落
 生徒会長選挙で生徒数を超える投票数が集まった。
 ラストまで犯人と動機は特定されないが、
 年度ごとに生徒数の上下がある学校であることから、
 余分に用意されている投票箱を紛れ込ませた犯人によって
 投票数の不正が行われていた。

2話 鏡には映らない
 伊原麻耶花が主人公。ホータローは登場しない。
 中学時代の卒業制作で作成した鏡のフレームで、
 一人酷い手抜きをしたホータローの真実を暴く。
 フレームのレリーフをデザインした女子生徒が
 ある女子生徒の中傷した文言をフレームに隠し
 込んでいて、
 それを阻止するために、ホータローはフレームを
 手抜きで提出したのだった。
 伊原麻耶花のホータローへの偏見が解消されていく。

3話 連峰は晴れているか
 24ページの超短編
 ヘリコプターが好きだといっていた中学時代の教師。
 実は登山をしていて遭難した仲間が捜索されるヘリコプターを
 確認していたのだった。

4話 わたしたちの伝説の一冊
 伊原麻耶花の漫研退部へのいきさつ。
 漫画を描く派と読む派で部内が大きく分裂し崩壊寸前。
 描く派で漫画本を作ろうと画策するが、
 ネームノートが盗難される。
 犯人は河内亜矢子先輩。
 二人で組み、しがらみを捨て描くことを決意する。

5話 長い休日
 「やらなくていいことは手短に」というホータローの
 考え方のルーツ。
 小学校時代、ホータローと女子生徒の2人で花壇の世話係を
 していたのだが、女子生徒は家の都合と言いながら世話係を
 ホータローに押し付けた。
 ホータローは長い休日に入ったのだった。
 だがその休日を解く誰か現れる。と姉は予言をしていた。

6話 いきなり翼といわれても
 合唱会に参加するはずだったが突然姿を消した千丹田える。
 千丹田えるは由緒ある豪農の家系でありながら、
 父に「無理に家督を継ぐ必要は無い」と言われたことで
 悩み、合唱会での独唱のシーンがうたえなくなってしまったのだった。
 千丹田えるが将来に悩み、ホータローが見守る。愛おしい青春。

平和の根源

なるべく、依存しない。

それを心に決めている。

最後の最後は全部自分でやる。いつもそういう気持ちでいる。

でも、世の中の全てを一人でやるのは無理だ。だから「なるべく」である。

ただ、家の中のことの多くは、依存しないと決めている。

こうしといて。ああしといて。どうしてやっておいてくれなかった。

そういう声がでるのは、最後に相手に依存しているからだ。

最初から依存しないと決めていたら、できていなくても裏切られたような気持ちも無く「さあ、やるか」と静かに自分がハンドルをにぎることができる。

だけど、ひとつ気をつけなくてはならないのは、たとえ全てを依存しないとしていても、自分が良いと思う仕事の質と、相手が良いと思う仕事の質に、差異があるのは避けられない。

そんなときは、気付いた方が、黙って静かに自分の期待に合うように直しておいたらいい。それだけである。


依存をしない。そして気付いたことは気付いた方が静かにこなす。

 

これこそが世界の平和の根源なのではないか。□