今日の日本酒

農口尚彦研究所 山杯純米酒 無濾過生原酒2017
(石川県・小松市/野口尚彦研究所/8点)

農口尚彦復活!「農口尚彦研究所」公式ウェブサイト

 

うわさの農口尚彦研究所のお酒をついに手に入れました。
「~酒造」ではなくて「~研究所」と名乗るところに、他にはないこだわりや、センス、ブランド力を感じて、是非味わってみたいと思っていました。

第一印象は「とがっていて、辛い」です。嗤っちゃうくらい、辛くてシャープでした。
でも生だからか、少しずつ飲んでいると1日ごとにだんだん丸くなって、飲みやすくなってきました。そんな過程も含め、楽しいお酒だと感じました。
だれかに贈りたくなるお酒ですね。
誰か個展しないかな。おみやげにもってったら結構、粋です。
紹介したくてうずうずしてるwww。□

 

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サウンド・オブ・ミュージック

いつもどこかでその名前を耳にしていて、
いつかどこかでこの作品を見たいと思ってました。


サウンド・オブ・ミュージック」。

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ミュージカル映画の金字塔です。


この5月に長崎・佐世保の黒島教会を訪れたことで、名作「坂道のアポロン」に出会い、「坂道のアポロン」の作中で、この「サウンドオブミュージック」に再会し、20年にわたって先延ばしにしていたこの作品をようやく鑑賞することが出来ました。

ほんとうに「すばらしい」としかたとえようのない傑作なのでした。

全ての澱んだ現実を押し流して、一気に気持ちを前向きに引き上げてくれる、ぼくもがんばって生きていこう、という気持ちにさせてくれるパワーが作品の中に漲っています。

僕は、もともとミュージカルの作品はほどほどに観ることはあっても、大ファンというほどでもなく、また、歌うという事の意味を理解できていませんでしたが、この作品を通して一気に「開通」した気持ちになりました。
歌が強い骨格となって作品を支えていて、歌うという事の喜びが全編に「これでもか!」というほどに溢れていています。

主題歌の「サウンドオブミュージック」に始まり、「ドレミの歌」、「マイフェイバリットシングス」、そして「エーデルワイス」。耳に焼きつく屈指の名曲ばかりがナチスの影がおおうオーストリアの舞台を彩る。

長い映画の歴史の中でも100年に1本の傑作といっても過言ではない。
人類はこんな作品を作ることが出来るのか。本当にすごいといろいろな視点から感じました。

自分史の中でも屈指の重要な出会いとなりました。
せめて少しでも、わずかでも、こんな気持ちを生み出せる作品を自分から発信したいと思いました。

DVD、買ってしまおうかなぁ。しばらくお皿は買わないと決めたばかりなのにぃ。□

サービス

サービスってなんだろう.....。

なんてことをぼーっと考えていた時、ふと10年ほどまえに浅草に住んでいたころの記憶がよみがえった。
あのころ職場は品川にあって京急電車で浅草と青物横丁を往復する毎日だった。
言問橋のそばにすんでいて、帰りは観光客のいなくなった真っ暗な雷門をくぐり、全ての店が閉店した仲見世を通って、軽く浅草寺を参拝して、二天門を抜け、自宅に帰ったものだ。楽しい毎日だった。
当時は自炊をさぼっていて、夜の浅草で外食をして自宅に戻る生活を送っていた。

お気に入りのとんかつ屋があった。

浅草は観光地だからなにかと高い。例えば定食を食べたとしてもおかわり無料の店はあまりない(あるのかもしれないけど当時の僕はそういう店を知らなかった)。
そのとんかつ屋は肉がやわらかくて美味しく、それでいて珍しくおかわりも自由にさせてくれる店だったから、毎日のように通っていた。
もう少し通っていたら給仕をしてくれるおばさんとも親しく話せるようになっていただろう。
ある日、いつものように楽しみにとんかつ屋にいくと、一枚の掲示がはりだしてあった。

「おかわりは有料です」

いつものようにとんかつを頼んだが、おかわりが有料ということがひっかかって、存分に味わえなかったと記憶している。
いつもならおかわりください。というところで、僕はおかわりはやめて茶碗をおいた。
そのとき、おばさんがなんとなく気まずそうに僕に言ったのである。

「おかわりは?」

ちょっとびっくりして、返答に躊躇していたら「いいから食べていきなさい」といっていつものように無料でおかわりを出してくれたのである。

毎日のように通う客に対して、締め出しをしてしまったような気持になっていたたまれなくなってしまったのではないか。あのときのおばさんの言動には、「商売」と「情」の間をゆれる葛藤があった。

お客さんには喜んでほしい。でも有料にしないと立ち行かない。そんな舞台裏があってのことだったのかもしれない。

きっとあのとんかつ屋はまだがんばっているだろう。

ひさしぶりに浅草に帰りたくなった。またあのとんかつ屋に行ってみたい。□

朝、描く。

100号のキャンバスに絵具を撒かなくてはいけない。

撒くためにはキャンバスを床に寝かせなくてはならない。

そして、絵具を撒いたキャンバスはせめて1日は寝かせないといけない。
絵具を撒いて、1日寝かせる時間が必要なのである。

週末にやったらいいのだと思うが、制作時間がない。
1手遅れると、取り返しがつかない。先延ばしはできない。

 

どうするか。

 

たどりついたのは「朝、描く。」でした。
朝、出社前に絵具を撒いてから仕事に出かけるのである。
夜、仕事から戻り、キャンバスを戻すという作戦である。
ふだんは仕事から戻ってから深夜まで描いたりしているが、この作戦を決行するために超早寝をし、超早起きをしなくてはならなかった。

 

いかれている。

 

自分でもそうとういかれていると思う。
なんだかこの春の個展からすっかり変なスイッチが入ってしまったようである。
これまででは、こんな狂気は絶対にやらなかったことです。どこかでブレーキをかけてごまかしていたように思います。
いかれちまッた悲しみに、今日も脂汗が滲み出す...。
でもここまで描くことに軽やかになれた。という喜びもあります。

ミッションは無事完了。
暑い日が続くから、油絵具もすぐに酸化重合するでしょう。明日にはすぐに描ける。

 

ひとつ知ったのは、超早寝、超早起き、朝仕事。が予想を超えて清々しかったということです。
制作にかかった時間は2時間くらい。
出社前に、すでに仕事を一つ終えたことで、なんだかさらに元気がわいてくるようにも感じたし。早寝早起きというものがいいものだと謳われ続ける理由を改めて体で知った感じがします。

ずっと変えられなかった夜型を改めるいいきっかけになるのかもしれない。□

2つの面倒

面倒くさい仕事ほど価値がある。

でも、

面倒くさい仕事全てに価値があるわけじゃない。

面倒くささにも、

取り組む価値のある面倒くささと、

取り組む価値のない面倒くささがある。

価値のない面倒くささはどれだけやっても、

「ごくろうさん。さよなら」にしかならない。

価値のある面倒くささは1つでもやったら、

「素晴らしい。ありがとう」になる。

今取り組んでいる面倒くささを、改めて冷静に眺めて見たら、価値があると思い込んでいることが多いものだ。ただの手間で価値などないものに。

無駄なエネルギー消費を、いかに正しいエネルギー消費に導いていくか。

それが今の課題です。□

 

仮病

「話、聞いてた?」

小さいころから親にも友人にも、もう何十回何百回と言われ続けている言葉です。
スミマセン、もうこれは「病」です。
耳は音を確かに聞いています。だけど僕の頭の中ではいろいろな他の子タスクが何十個も同時に動いていて、マルチタスクが完全に追い付いていない。言葉がどんどん耳から漏れます。
さらに記憶力もそれほどいいわけでもないから、聞けていても、すぐに忘れます。
それが「聞いてた?」という言葉になって僕に返ってくる。刺さります。とがったナイフのように。

「病」と書いたけど、別に正式に医者が認めたものでもなんでもない。
ただ、これだけ言われ続けて、これだけ直せないものはもう「病」というしかないだろうと。
そして指摘をされるたびに僕は落ち込んで苦しむのです。
めげずに許して何度でも同じ話でも繰り返して聞かせてほしいのです。

頭の中でいろんな情報がものすごい短い時間で現れては消えて、また現れる。てなことが繰り返されています。
世界は美しくて、おもしろすぎて、忙しすぎて、目の前にある楽しいことも、次の瞬間にふっと現れた更におもしろいことに目を奪われて、僕はすぐに聞き漏らしたり、忘れたりしてしまう。恨むならば、このおもしろすぎる世界を恨んでほしい。
世の中の人が1ヵ月に1回おどろいていることを、僕は1秒に1回おどろいているように思います。雑草で驚く男です。そういう差です。
「また聞き漏らしやがったな」と笑って許してください。弱音を吐いてスミマセンが、何卒よろしくお願いいたします。

あ、健康なんですよ。全然。これは「仮病」です。
単に、自分の欠点に白旗を上げて、社会に認めさせようとしている悪あがきです(かっこわりいな)。□

役割

アメリカ人へのデモンストレーションは大失敗だった。

英語が全く口から出てこなかったのである。

たぶん、昔の自分だったら激しく落ち込んで「明日から英語を猛勉強だッ」と闘志を燃やしたことだろう。
だけど、今の自分は「できる人にお願いしたらいい」という気持ちに変わってきている。
もちろん、必要最小限の仕事はしっかりできた上で。です。それ以上の深い仕事はそれぞれの専門家にまかせたい。

かつては、全部一人でやろうとしていたように思うのですよね。
英語も話せて、技術もわかって、絵画も描いて、ピアノも弾けて、株をしながら、山に登る。みたいな人間を目指していた。
でも歳を重ねてひとつひとつの仕事が複雑で大きく深くなっていて、もういろいろなことに手を出すことが難しいと感じてきています。
絵画なんてちょちょいのちょいさー。クロッキーなんてもう来月で卒業さー。なんて言ってて、もう15年たっちゃってる。
卒業どころか入学すらできてないのではないか、と言う次第で.....。絵画道だけでもこれだけ広くて深いのです。これからは、できることと、できないこと(人にお願いすること)を見極めていかないといけない。

人生って思った以上に短いね。

でも、やっぱり趣味としてはいろいろ手を出していきたいのです。したたかな僕。□