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良いものは自分が決める。

「君はあの展覧会を見たか。 
 本当に素晴らしかったぞ。 
 絶対みておくべきだ!!」

僕はその展覧会を知らなかった。
知っていたとしても行くつもりはなかった。
そういう展覧会にはたとえ誰かが絶賛したとしても
決して行かないことにしている。
感動は個々の人間の「体調」や「状態」にすごく依存している。
彼は今その展覧会をすごく求めており、
また吸収できる状態にあった。だから素晴らしかったのである。
だが僕はその逆である。
展覧会のことすら知らないほどの無関心。
更にそれを吸収できる状態でもない。
そういうものは見ないに限る。
これまで他人からの強い推しを受けて見た展覧会で
よかったものは一つもなかった。
結局、見たいものは自分で決めるのが最良なのだと思う。
そしてそれがいくら素晴らしかったとしても、
他人にとっては全く響かないものであったりするのである。□

今日の語録


ダンサーが一週間練習しなかったら、体がどれくらいおちるか。
ボクサーが一ヶ月休んだら、次に戦うことができるかって。
僕が例えば一週間書かないと一週間目に書くとき大変ですよ。
だから毎日何かしら書いてないとね。
何か書いて筆先が考えるように
自分を仕向けて常に保っていないと
衰えていきますよね。退化していきますよね。


ドラマっていうのは一本の木でいうと
木ってのは根っこからはえてくるわけですよ。
根っこがしっかりしていないと木は育たないんですね。
根っこって何かっていうと登場人物たちなんですよね。
みんな木を考えるときに
葉っぱの茂り方をどうしようとか
枝ぶりをどうしようとか
実をどういうふうに美しくつけようかとか
花をどう咲かせようかみたいな
上のことばっかり考えちゃって
実際にその木が寄って立っている根っこのことを考えないんですよね。
そこから着実に時間がかかるその作業をきちんとしてこないんで、
だらしのない脚本ができちゃうんですね。
それをものすごく僕は半年1年かけて
最初の根っこをつくるところに時間を使いますね。


君(セリフの)本当の意味を探ろうとしていない。


何か練習しているように思えないんだよ。
朝やってまた今になって
めちゃくちゃに落ちちゃってるしさ。
プロになる気がある人って手あげてごらん。
その中で今プロだって思ってる人手あげてごらん。
プロじゃないよ君全然。
君らの年は勉強すりゃグーッとあがっていくんだよ。
その時期っていうのは短いんだよ。
20歳、30歳、40歳、そこらへんなんだよ、
一番伸びるのは。
その時期を逸しちゃったらね、
もう死ぬのを待つだけ。
本当に今しかできない努力ってのがあるんだよ。

(脚本家 倉本聰氏のことば@プロフェッショナル)

増田が本気で編むときは

今の自分は果たして「本気」だろうか。

たぶん「本気」ではない。

もしかして「本気」なんじゃなかろうか。

そんなふうに思いかけていたとしても、

否、否、やっぱり「本気」じゃあない。

それくらいに考えておくのがよいと思う。

否、それくらいに考えておかねばならない。

ちょっとでも自分を許すと、

すぐ自惚れの罠におちいってしまう。

そしてその罠にかかると自力では決して

這い出すことができなくなるのである。

だから決して自分を許してはいけない。

隙を作ってはいけない。

常に自分を疑い続けなくてはいけない。

こう書いている今、既に今の自分は罠の中に
いるのかもしれない。

僕はまだ「本気」ではない。□

今日の一冊

「たとえる技術」 せきしろ著 文響社

美しい本。
目次だけで美しい。
「ドライブで左にカーブを曲がったとき、
 ふいに見えてきた光る海」のように美しい。□

 

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やさしさって何のこと。

6月の関西二紀展に初めて出品する女性から、

「関西展の作品は進んでいますか?」

「初めての作品が完成するかどうか不安で一杯です」

といった相談を受けた。

僕は今、個展の準備に追われ、

関西展には未だ着手すらできていない。

ひとまず自分をあまり追い詰めすぎてはいけない。

折角出品するのだから、楽しく描いて行こう。

....といったことを彼女に伝えたのだった。

だが。僕は本当は心中では、

「初めてならば不安は当たり前だ」

「自分をとことん追い詰めて、恐怖や絶望と闘うべきだ」

と思っていた。

自分なりに彼女の人柄(あまりよくは知らないが)を

察して無茶なことを言わないようにしたのだった。

大きな不安をあおりすぎて逃げ出してしまってはいけない。

少しでも自信をつけて進んで欲しかったのだ。

これが良かったのかはよくわからない。

どう伝えるのがベストだったのだろうか。

やさしさってなんだろうね。

僕は悪魔か天使か。今なおよくわからない。□

輪廻

「俺、参加しなくていいっすか」

職場恒例のレクリエーションを企画していた席にて。
入社3年目の後輩がしれっと口にした言葉だった。

「?!」

絶句してしまった。
しばらくしてめまいが襲った。ナンダコイツ....?!
幹事たるもの、企画したイベントに参加し最後まで
そのイベントを見届けるまでが仕事だと思っている。
参加しないなんてjfsづあdふじjkゃえjふぁじjx!!!

その他、お願いしたこともぎりぎりまで先延ばしたり、
やる気があるのかないのかどうもつかみかねる。
だいぶやきもきしていたと思う。この先大丈夫か!?と。

それから5年....。

「これだけどさ」
「それはやっておきました!」
「あれだけどさ」
「今すぐ確認しましょう!」
気付けばあの彼は今「できる後輩」になっていた.....!
人というものはたった5年でこれほどまで成長するのか。
当時の「あまり先を考えずに行動する後輩」は、
業務経験を経て今「軽くて堅牢な後輩」なのであった。
あのころやきもきしていた自分がなんだかはずかしい。
自分もきっと彼と同じように先輩をやきもきさせていたのだろう。
将来の大いなる成長を見据え、見守ってあげてなくてはいけない。

教えているのは僕じゃない。教えてもらっているのが僕でした...。輪廻。□

今日の日本酒

坤滴 純米酒
(京都・伏見区/東山酒造有限会社/評価:7点)

「坤滴」東山酒造有限会社|酒蔵・蔵元紹介|伏見酒造組合

柳家喬太郎の前衛的な落語が好きだった兄が、
長い間聞いていたらやっぱり柳家さん喬がいい。
とつぶやいていた。
古典をたんたんと静かに。それでいて力強く語る。
それがじわじわと効いてくるのだそうである。

坤滴(こんてき)。
この酒を飲んだ時そんな話を思い出した。
いわば古典落語のような酒なのです。
長くじっくりと沁みてきます。京都らしいお酒です。
昨年の個展で関係者からお祝いにいただきました。感謝。

【薀蓄】
「坤」という字は「土」+「申」で地下に向けて伸びる様、
すなわち大地を意味する。その大地から生まれた米から
造られる一滴の酒ということで「滴」を付け名付けられた、
という。□

 

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