面倒礼賛

個展制作を振り返ってみて思ったこと。

「めんどくせえなあ」という独り言をかなり連発していたような気がします。

こんな感じで描きたい。とあどけなく思ったことを、実際に描き始めてみたりするのだけど、すぐに思ったようにならない障壁にぶち当たります。
思ったようにするためには、気の遠くなるような描きこみとか、全部を捨てて描きなおす。みたいなことを延々と繰り返さないといけない。一枚の絵が完成するまでには、それが何度も津波のように押し寄せてくる。
そのたびに、僕はため息をついて叫ぶのです。「めんどうくせえなあ」と。

だけど今、改めてできた作品を眺めていたら「めんどくせえなあ」と叫んだものほど、他の作品よりはまあよくできたほうかな、と思えるような気がします。

めんどうくさいものほどいいものになる可能性は高いと思う。それだけ手間をかけ、ハードルを乗り越えてきたことで、何かが宿っているんじゃないか。たぶんそこそこ当たっている気がする。

ボッティチェッリの「プリマヴェーラ」に描きこまれた植物は500種類とかいう逸話があるけど、聞いただけで「めんどくさい」よね。脇役としての植物にそこまで描きこみをするなんて、たぶん世界中の誰も出来ない。だからこそ、世界的な名画になりうるのだと思う。

これからは「めんどうくさい」と叫んだ刹那「あ、チャンスかもしれない」と冷静に自分に言い聞かせてみるのはいいことなのかもしれない。

楽しそうにめんどうくさがるって、結構かっこいいのかもしれないね。

 

第八回増田力也展。いよいよ明日4/24より開幕です!!
お近くにお立ち寄りのみなさま、是非ご高覧ください。□

 

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今日の語録


「部屋のすみで少しだけピアノを弾き

 地球の裏のだれかのことを想う

 そんな日日をこころから愛している

 女神にそっと手紙を書いていのる

 いのる 」

(Yogee New Waves「Bluemin'Days」)

Yogee New Waves

Yogee New Wavesが気になる。

ラジオのヘビーローテーションで流れていた「Bluemin'Days」が耳に強く残った。

もしかしたらこの楽曲は2018年最高の一曲になるかもしれない。少なくとも現時点ではダントツである。

僕がこれまで聞いてきた多くの楽曲の演奏はメロディを忠実にたどるものだったように思う。
だけど、Yogee New Wavesの演奏はそれとは明らかに違うように感じる。
演奏で「におい」や「温度」そして「光」までも表現しているように聞こえるのである。
耳元でミツバチがささやくような心地よさを、ひとつひとつの音に感じる。

奇しくも彼らは全国ツアー中で、近くライブがあることを知った自分は、まるで何かに憑かれたかのように、気付けばチケットを手に入れていた。
ライブハウスは、渋谷でみた「ねごと」以来、5年ぶりくらい。だけど、BIGCATといえば、最後にみた「GO!GO!7188」以来、なんと15年ぶりである。
もうこのままライブハウスは卒業して、ホールやドームのライブにシフトしていくのだろうと思っていたが、ここにきてのライブハウス復帰である。
ドリンクチケットでハートランドビールを注文。ひさしぶりのライブハウスは、そしてはじめてのYogeeNewWavesのライブは何かわくわくそわそわと僕の胸を躍らせた。ビール片手にオールスタンディングの2時間はなかなかの充実した時間だった。
年齢層は若い人が多い印象だったが、実は年配の人も多かった。Yogeeの楽曲は類を見ないものであると知り集まったのだろう。いい作品にはやはり老若男女問わず人が集まる。

MCで彼らが言っていた「ついにBIGCATまで来た!広いなあ」

最初はもっともっと小さなライブハウスで活動を始めたのだろう。
こつこつと真剣に楽曲を作り、発表し、ライブを行う。口コミが広がり、一人また一人と聴衆が増え、ラジオでのヘビーローテーションが決まり、ついにこの会場まで来た。広い!と言う彼らの姿がまぶしい。

自分の個展に、彼らのような手ごたえはあるだろうか。残念ながらそれ程のものは今はない。なんだか空回りばかりしている。
やはり最後の最後は仕事しかない。
いい仕事でなくてはファンはついてきてくれないし、つながってもいけない。いい仕事をするしか前進はありえない。
ひとつひとつの仕事を丁寧に確実に完成させる。こつこつとファンを集めていく。そういう正しいサイクルに自分を組み入れていきたい。


ああ、もっといい仕事しないと。

情の恩恵に寄りかかった仕事からはそろそろ卒業していきたいなぁ...。□

制作日記

 今朝、個展の制作が全て終わりました。

長いようで短い、短いようで長い制作期間でした。

実際の期間としては短いのです。3か月程度ですから。

でも精神的にはとても長い。

一体いつ終わるのか。本当に終わるのか。命を削るような日々でした。

でも振り返ればやっぱり短い。なんだか不思議な時間でした。毎年のことだけど。

制作は実際一人で取り組んでいる時間が長いのですが、

それでも多くの人に守られて続けることができていることを感じます。

なにかを作る。ということは、多くのことをほったらかして生み出した時間を、ひとつの仕事に投入するということです。結果、ほったらかされた人たちには多くの迷惑をかけてしまうことになります。

絵画制作なんてものは、最も人に迷惑をかけない仕事だと思っていましたが、それでもやっぱり迷惑がかかっています。
何かひとつのことに没頭するだけで、すぐにそれは迷惑になってしまう。
そんな無茶を許してもらえることに心から感謝しつつ、その恩返しは必ず仕事でしなくてはならないと思っています。

「これしきか」「しらんがな」と言われないようにできるだけの力を総動員してもがきました。

身の丈を超えたアイデアが突如湧き出して、押し切ろうとしてパニックになり、硬直してしまうこともありました。
描く前に生じるそれらの衝動をだましたり、受け入れたり、ごまかしたりしながら、なんとかここまでたどり着きました。見守っていてくれた方に改めて御礼申し上げます。開催前の御礼です。ご高覧いただければ幸いです。どうもありがとうございました。

残る仕事は工作です。
個展というものは、描くこと以外にも意外とちまちまとした仕事があったりします。
作品を壁にかけるためのフック作成。作品を収納する箱額の作成。お礼状の作成。....最後まで気は抜けません。


日日溺れるように忙しい人たちが、その貴重な時間を割いて、もし会場に来てもらえるのだとしたら、絶対に「たのしかった」と思ってもらえるよう、最善を尽くしたいと思っています。

第八回増田力也展は、いよいよ4/24より、京都御所南の丸太町通のギャラリーCreate洛にて開幕です。

どうぞご高覧下さいませ。何卒よろしくお願い申し上げます。□

 

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夢十夜 Season2 第十夜

こんな夢を見た。
僕はテレビで大相撲観戦をしている。
その日最後の取組まできたとき、突然その前の一番に物言いがついた。
勝敗には全く違和感がなかったのだが、今更?というタイミングでの物言いだった。
しかも、なんだかよくわからない屁理屈で勝敗に文句を言っているような物言いだった。
親方、ちょっとおかしいな。
そう思っていると、テレビが解説者席に切り替わった。
二人の解説者が立っているのだが、一人の様子が明らかにおかしい。
とても解説などできる状態ではないほど健康がおかしいように見える。
腰を屈めて、荒々しい呼吸をしていて、苦痛の表情と共に大汗をかいている。
「だ、だいだいじょうじょうぶです...」
どうみても大丈夫ではないが、解説者は出来る限り涼しい顔をして解説を続けようともがいている。
テレビを見ていた自分は、見てはいけないものを見ているような気がして目をそらしてしまう。明らかに何かに感染している。あるいは取りつかれている。
ついに、来たか。
これまで地球に存在しなかった謎の生命体の侵略がついに始まってしまったことを、僕は薄々と気づいている。感染はあっという間に広がるだろう。僕は逃げられるのだろうか。途方に暮れている。
解説者はさらにひどい大汗をかき、顔中びしょびしょになっている。やがてシャイニングのジャックニコルソンのような凶悪な笑みが顔に広がった。
解説者が確信的な変貌をする直前に、目が覚めた。□

注意の極意

人に注意をするってとても難しいよね。ほんとうに難しい。

注意をされる人は、注意される前は大抵「自分が正しい」と信じている。

注意をする人は、相手が「正しい」と信じ込んでいる事柄を、180度反対方向の「誤り」であることに気付かせなくてはいけない。
しかも、本人の誇りや守りたいものを傷つけず、自然に受け入れられる表現で、心から反省してくれるように伝えなくてはいけない。

「なにやってんだ。違うだろ。」

これは注意ではない。
これでは注意された相手が傷つくだろうし、反省をしてくれないと思うのです。
むしろ「そういうお前こそどうなんだ」みたいに言ったことが跳ね返ってきて、挙句に逆恨みされちゃったりして。言わない方が良かった、なんてことにもなりかねない。
「そうですね。ごもっともです。受け入れます。反省します。」と相手に心から感じてもらえるように伝えなくてはいけない。
そのためには、伝える前に、適切な言い方や言葉を徹底的に探さなくてはいけない。感情は全て排除しなくてはならない。
注意は、あくまでも言う側、言われる側がお互いの成長のために、上も下も無く、同じ目線で、課題を共有するものでありたい。むしろ、そのことを事前に伝えてから、注意するのもよいのかもしれないね。


先日、先輩から電話で仕事のミスを注意をされたのだけど、僕は少し腹を立てて電話を強く切ってしまったのです。
確かに僕のミスだったし、注意された内容については相手が正しかったと思います。
たぶん僕のことを思って行ってくれたんだろうけど、それが僕にはうまく伝わらなかった。
要するに上に書いたような言い方で注意されたのですね。
なるほどなぁ、折角言ってくれたのに、言い方次第では逆効果になってしまうのだなぁと気づいたのです。


「この前みんなで決めた内容とちょっと違うようだね。もう一回打ち合わせよう」とか。

「どうした?いつもしっかりしているのに君らしくないな」とか。

多少の脚色を入れてでも、言葉ひとつでこちらも「ごめんなさい」になれたと思うんだよね。

注意はミスをした直後ではなくて、こちらの感情が収まるまで待って、言葉をじっくり選んで伝えるのがいいかもしれないね。

相手を反省させつつも、さらに「笑い」までいれられたら素晴らしい注意名人になれるんだろうけどなあ。□

弱いのは酒ではなくて心。

疲れがたまっているのだろうか。

その一日の、全ての仕事が終わって、ほっとひといき食事をするとき。いつも必ず、少しのお酒をいただくのだけど、最近はビール一缶を飲みきる前に、落ちてしまうことがある。
「ある」というよりも「多い」といった方が適切かもしれない。とにかく、よく落ちる。

日本酒をぐい飲みに2杯程度、半合くらい。そこにビール一缶。それが僕の一日のだいたいの酒量です。
一般的には飲むというより、たしなむという程度の量だろう。それですら、全てを楽しむ前に、僕は眠りに落ちてしまうのだった。

ほんとうに弱くなったなぁ....と思っていたんだけど。
実は、弱くなったことを認めるほどでもないのかもしれない、と気づく。

酒の美味さや酒を楽しむ精神の状態はその日の仕事にとても関係がある。

最近の日日は酒に飲まれて、すぐに落ちる日々だったのだけれど、今日に限ってはどうもギンギンなんですね。日本酒を飲み、ビールを飲んだのに、まだいけそう。なんです。これは一体どうしたことか......?

最近は、とにかくいろいろ仕事がうまくいかないことが多くて、とても疲弊していたのです。
時間的に追い詰められている上に、残り少ない時間を使って仕事をしてみても、さらにうまくいかない。やるほどに、自分の仕事の手際の悪さに、虫酸が走って更に嫌になって。
不愉快な気分からぬけだすため、ぼろぼろの状態で酒に逃げる、という状態だったわけです。
そんなときは心が負けちゃっているから、酒にもすぐに負けちゃうんだよね。
逆に、今日は仕事が少しうまくいって、なんとか今の仕事がうまくいきそうな兆しが見えたりしたものだから、一気に気分がよくなって、酒に飲まれるどころか、酒をいっそう飲んでいる。
弱くなったのは酒ではなくて、僕の心の状態だったのかもしれない。

結局、酒を飲む前に酒を飲める状態に自分をもっていっておかないといけないのです。

酒を一層美味しくするなら、仕事をよくしておいたらいい。矢張り、それに尽きますよね。□