今日の一冊

 

「メソポタミヤの殺人」アガサ・クリスティ著 高橋豊訳 ハヤカワ文庫(8点)

 

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古代アッシリア遺跡調査団の中で起こる殺人。

遺跡調査隊長レイドナー博士の妻ルイズ・レドナーが宿舎で殺害される。
固い鈍器のようなもので右頭部を殴られて死亡。

彼女が遺跡調査団の中に来てから、かつては和気あいあいとしていた調査団メンバー間の雰囲気が何故かぎくしゃくしてきている。
ルイズ・レイドナーはスパイ告発し、死んだはずのかつての亭主からと思われる殺害脅迫状を受け、おびえ続けている。

容疑者がそれぞれ様々な容疑の原因を持っていて、それが事件を複雑にしているというのがポアロシリーズ(というかアガサ・クリスティ作品)の特徴なのだと、少しずつわかりはじめてきた。
ラストには必ず長いポアロの演説があり、その中で、それまでにちりばめられた個々の容疑がサクサクと解明され、犯人が絞り込まれていく。

本作の文章はこれまで読んだ作品よりも、なんとなく読みづらいと感じた。
物語を執筆しているのが、物語中に出てくるレザラン看護師という設定になっているから、わざわざ彼女が書いたように文章を読みづらくしたのだろうか。

それでも、全体にちりばめられた謎や伏線、トリックの回答、犯人とその動機に対する、ラストでのすっきり感はシリーズの中でも、屈指の高さだと感じた。□


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 注意
 ここから下は読みながら作った人物相関図を
 張りつけてます。犯人も全て書いてますので、
 これから読む人は決して見ないように!!
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「メソポタミヤの殺人」人物相関メモ

今日のゲーム

NintendoSwitch「伊勢志摩ミステリー案内 偽りの黒真珠」(10点)
 HappyMeal ¥1000 

 

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「えっ、オホーツクに消ゆっ?!」

 

本作の画面を見た時、真っ先に錯覚した。
シナリオは堀井雄二氏ではないということだが、キャラクターデザインはオホーツクと同じ荒井清和氏であり、画面構成や世界観をみてももろに「オホーツクに消ゆ」の影響を受けているのが明らかである。

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昨日はつらつらと「オホーツク」への愛を書きこんでしまったが、まさに僕と同じような青春を送ってきた方が、きっと「アドベンチャーゲーム、フォーエヴァー」という気持ちで、この新作ファミコンゲーム「偽りの黒真珠」を制作されたのだろうと確信する。

発表時は3DS向けに開発しているとのことだったが、発売延期が続き最終的にはSWITCHでのリリースとなった。

 

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まさかあのノスタルジーを新作で体験できるとは。
この僕が、このゲームをつまらないという理由が見つかりません。
もう贔屓とでもなんでも言われてもかまいません。素晴らしいゲームでした。

東京上野の不忍池でホームレスのような男の死体が発見される。
死体の身元を辿って行くうちに、伊勢志摩の真珠工房へとたどり着く。

ダブルヒロインの登場や、キャラクターデザイン、旅情感。そしてダンジョン。どれをとってみてもシリーズ続編と言って過言ではない完成度です。
かつての不条理なフラグ立てはなく、物語はサクサクと快適に進められました。
犯人は、最後までわかりませんでした。
まさかケン?(主人公のパートナー刑事)と期待したけれどそれは違うようでした(笑)。

HappyMealさん、さらなる続編を期待します!!
次回は、長崎教会群ミステリーか、鹿児島ミステリーツアーか!?□

「オホーツクに消ゆ」論

 

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オホーツクに消ゆ」について書く。


オホーツクに消ゆ」は、ファミコンを社会現象に押し上げた「ドラゴンクエスト」の生みの親である堀井雄二氏作の傑作アドベンチャーゲームである。
ポートピア連続殺人事件」「軽井沢誘拐案内」につづく第三弾として登場し、時代を風靡した。

アドベンチャーゲームというジャンルはパソコンから始まった。
小説のように物語を一直線に読んでいくのではなく、自分が主人公となってコマンドを選択していくことで事件を解決していく参加型のミステリーである。

アドベンチャーゲームは「ポートピア連続殺人事件」を皮切りに大ブームとなって、「デゼニランド」「ミステリーハウス」「道化師殺人事件」.....等の名作が次々と発売されていった。
だが当時パソコンは50~100万円くらいする高額なマシンであり、子供が手に入れて遊ぶおもちゃではなかった。
ゲームに対する憧れや羨望は日々肥大化していくというのに、解消されることは決してない。
インターネットも無い時代である。情報もほとんど入ってこない。
数少ないパソコン雑誌を穴が開くほど眺める。少しだけの紹介記事や広告だけを眺めて、その先にある物語や世界をひたすら想像するだけである。頭がおかしくなりそうだった。

パソコンにはPC8800、X1、FM-77、MSXだのいろいろな機種があって、各機種に「オホーツクに消ゆ」は発売された。だけどパソコンの性能は全く違うから、画質や音質などに大きな差があった。そんな違いを眺めるだけでも楽しかった。

 

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オホーツクに消ゆ」はその名のとおり、北海道を舞台にした連続殺人事件を解決するゲームなので、未だ行ったことのない北海道を旅するような気持にもさせてくれた。それも一つの強烈な魅力だった。

摩周湖に行くとカムイッシュの島が見える。
阿寒湖では、看板に近づくと、まりもの説明を読むことが出来る。
アイヌの服を着て記念撮影をする女の子たちがいる。
阿寒湖、摩周湖、屈斜路子湖、ウトロ、すすきの........。
そんな数々の名所を主人公は犯人を追い、訪れていくのである。
旅情と共に連鎖的に起こって行く殺人事件。
実在の地名が出てくるものの、ゲームとして描かれているので当然実際のイメージとは異なるのだが、それがむしろ想像力を刺激して、未だ行ったことのない北海道への羨望を大きくして行った。

ファミコンアドベンチャーゲームが出るのはまださらに先のころの話である。
結局、MSXパソコンを持っている友人の家に通い「オホーツクに消ゆ」を遊ばせてもらった。画質は髙くは無いが、それでも物語は同じだし、存分に楽しめた。だが当時のゲームはカセットテープに入っていて、MSX本体にプログラムを読み込むだけでも30分くらいかかるのだった。なんとも時間のかかる大人の遊びだったが、そういったことも含めて楽しい思い出になっている。

パソコンへの圧倒的な憧れ。

アドベンチャーゲームへの圧倒的な憧れ。

北海道への圧倒的な憧れ。

大人への憧れ。

僕にとってのそんなものが全部「オホーツクに消ゆ」にはパッケージされていた。

その楽しかった、憧れた思い出は脳に焼き付いて、今になっても決して消えることがない。

欲しいものは手に入らず、眺めているだけだったけれど、素晴らしい時代だったと今になっても思います。□

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ファミコン版「オホーツクに消ゆ」のパッケージ

 

中途半端な与える男

やっぱり、どちらかと言えば、

僕は、与える人みたいです。

もらうよりも与えることが好きみたいです。

でも「どちらかと言えば」です。

与えているけれど、玉にはもらってみたい。

....と思うこともあるのです。

でも、もらってみたらそれほど嬉しくは無かったので、

やっぱり、与えるほうが僕の性に合っているみたいです。

「こいつは与える人だからもらえるだけもらったらいい」と思ってもらっていいです。

でもやっぱり「どちらかと言えば」です。

たまには、もらってばかりで本当にいいのかな。と、

少し心配してもらうのが丁度いいのかもしれないです。

中途半端でごめんなさい。中途半端な与える人より。□

バイオリズム

バイオリズムというものがある。

理由はわからないが、調子がいい。

いつもよりも仕事に集中ができる。

いつもよりも絵に集中ができる。

いつもよりも作文に集中ができる。

太陽の周りを地球が回る周期のようなものが僕の体の中にもあるのだろうか。

だけどその周期はまったく読めない。コントロールもできない。

勝手に来る感じなのだ。しかも不規則に。

今仕事をしなくてはならないのに、頭の中に文章が絵のように次々と浮かび上がる。

今絵を描かねばならないというのに、仕事のことが気になってしまってしょうがない。

今作文を書かなくてはいけないというのに、絵の構成の案がどんどんあふれ出す。

ほんで、やらねばならないときになると、やらねばならないことが全く集中できない。

そんなことがよくあります。うまくいかないものです。

最近、体が向いている方向に素直になるのが一番いいのではないかと思ったりもします。

ブログを書かねば!と思う程にネタが出てこないのに、歩いていてポンと浮かびだす。

そんなときは立ち止まってもう文章を書くようにしてます。

一番やりたいときに一番やりたいことをする。

それって、ある意味一つの「働き方改革」なのかもしれないと最近思ってます。

まあそれでも〆切が来たら悲鳴をあげながらでもその仕事をやり切らなくてはならないのだけど.....。□

コミュ力

「コミュニケーション力」ってあるよね。

人材評価のひとつの指標にもなってます。

コミュ力が高い。と聞くとすげえなと思うし、

コミュ力が高い。と言われるとすごく嬉しい。

コミュ力が高い人は、交渉をうまく進めたり、
多くの人と仲良くなったりと、すごくまぶしく見えます。

でもね。注意も必要です。

コミュ力の髙さと仕事のスキルの高さは全く別の話だから。

コミュ力の高い人は気さくで話に説得力もあるけれど、
裏返せば、無いものをあるように見せたり、
できてもいないことをできたかのように話したり、
肝心なお願いを上手な言い訳で逃げ回るなんてことも出来ちゃうんです。

関わっていない人からはさぞかし仕事も出来るのだろうって見えてしまう。
そこは注意したいものです。

どんくさくても、言葉足らずでも、最後の最後に仕事を見届けられるか。
そこがもっとも大切だと思います。

人って結局一つの側面からは評価はできないものです。

レーダーチャートなんてのがあります。
全部できるに越したことはないけど矢張りそれぞれの強み弱みがあります。

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できることは全力で取り組み、できないことは助けてもらう。
正直に真摯に進みたいものです。□