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今なんて、今しかない。

個展開幕まであと10日.....。

逃げ切ろうとしている自分がいる。

が、決して逃げ切りなど選んではいけない。

最後の最後まで追い続けてゴールしないと。

今なんて、今しかない。

残すこの最後の10日だからこそ、

あえてこれから50号を1枚描ききる!位の

気持ちでしがみついていかないと!! 喝!!!□

 

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僕はナマイキか。

絵は構成で90%以上の価値が決まってしまうと思う。

つまり構成が悪い絵は、

その後いくら押そうが引こうが

価値を取り戻すことなどできないのだと思っている。

脚本が悪い映画は、たとえ黒澤明監督が撮影しても

傑作にはなれないのだと思っている。

「今の君の絵では賞は取れない」と指摘を受けた。

ならばもう賞は取れないのです。僕は素直に認めたい。

その価値であることはもう最初から決定していたのです。

もし賞をとりたいのならば、こんなクズの絵は捨てて、

もう一枚ゼロから構成をし直すしかない。そう言った。

「君はナマイキだ」と言われた。

最後の最後の「詰め」で賞をとれるかどうかが変わるのだ、

というのである。

詰めをきっちりやって賞をとるところまで引き上げろと。

ごもっともなのかもしれない。

だがやっぱり僕にはその行為を尊いとはあまり思えない。

1位になれないとわかっている作品を、グジグジいじって

100位を99位にすることに意義などあるのか。

その自分を前に出そうとするおこがましさの積み重ねが

今の洋画を「不自然」にした最たる原因なのではないか。

詰めは大切だと思う。

だけどそれ以上に最後の「詰め」などしなくても、まず、

最初から最前列に喰いこめる構成を作らないといけないと思う。

そこに時間を使うべきだと思う。絶対。今はそう思います。

ナマイキですみません。□

手紙

からっとしていて男らしい手紙です。
書いたのは女の子だけど....。□

(NHK朝ドラ「ひよっこ」より)

 

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生涯現役

宮崎駿監督の引退撤回。

待ってました。という思い。

やっぱりな。という思い。

やるとかやらないとかは、

もう頭では抑えられないのですね。

体から勝手に創造があふれ出してる。

あふれ出てしまう。

いつも僕らはそのあふれ出す富を羨望の目で眺め

待つしかないのです....。

76歳からの新作長編アニメーション制作。

同じ時代に生きることを許された時代の証人として、

作品の完成度もさることながら、

歳を重ねるほどに更に輝いていくその真摯な姿勢を、

この目で見届けたいと思っています。

ルー大柴的には「ネイルの垢を煎じてドリンク」!です。□

1つに向き合う。

ニュース番組をつけっぱなしで絵を描く。

天気予報が始まるとちらっと目を向けるが、

まだ自分が住んでいる地域の天気でなく、目を戻す。

が、少し手を動かして、またテレビに目を向けると、

もう自分が住んでいる地域の天気が終わっている....。

こういうことがとても頻繁にある。

手を動かしながら情報を得たい。というどっちも取りを

狙いながら、結局両方とも取りこぼす。みたいな。

要は、なにかをするのならば

「1つと向き合わなくてはいけない」ということです。

天気予報が始まったらしっかり初めから終わりまで

見届けないと。

結局肝心なところを取りこぼしてしまうのです。

1つ1つを大切に、着実に、進んでいきたいものです。□