今日の語録

 

脚本家・倉本聰氏 死去(91)@NHKニュースウォッチ9(2026/9/28)

 

◆語録

「いま電子機器で偽物をフェイクで作ることが可能じゃないですか。

 みんな主体的に探していないと思う。

 誰かが”きれいだ”というから人気が出る。

 人間の美意識がずいぶん、昔に比べて衰えてきていると思う。」(倉本聰)

 

◆訃報へのコメント

「自然界そして人間の営みに深い考察と愛情を持ち

 先生ご自身が樹木のように落ち着いた呼吸をされているようでした」(本木雅弘)

 

「世の中の価値観や流行が移り変わっても

 合わせることなく人間を見つめ続けていらした。

 その変わらない姿勢こそ倉本さんの尊さで

 倉本さんらしさだったのだと思います」 (石坂浩二)

 

 

 

 

今日の一冊 「口に関するアンケート」

 

口に関するアンケート (一般書)』|本のあらすじ・感想・レビュー・試し読み - 読書メーター

 

本屋の店頭でみたとき「これ、売り物なの?」というのが第一印象。

 

例えば、タワレコのすみっこで配られているフライヤーの中にでもありそうな、10㎝四方くらい、ページ数も50ページ程度の小さい本だ。

本の裏表紙に¥550とある。

「高いな」というのが第二の印象で、いったんは手に取らずに帰る。

 

読んでみたいという気持ちはあった。
もしかしたら550円以上の驚きがあるのかもしれない。
でも、夏目漱石やら芥川龍之介などといった、名だたる文豪の作品が500円以下でも買えるような中で、このミニ本に550円を払う勇気がどうも湧いてこない。

それに、この程度の分量の小説であれば、この時世、アイデアさえインプットしたら生成AIで誰にでも書けてしまうのではないか、なんてことも考えてしまう。

 

ただ、こういう媒体が本として店に並ぶということが衝撃だったことは確かで、ひとまず脳裏にはしっかり記憶されたわけだから、読む、読まないは別として、作り手の狙いの一次予選は突破したと言えるのではないか。

自分が買わなかったとしても、どこかで誰かと会話した時の話題になって、その第三者が買うかもしれないし。

図書館にでも入らないかと思ったが、本のサイズが規格外なのか、並ぶ様子はない。

 

で、しばらく買わない。を選んでいたのだが。

しばらくすると、映画化するということで、さらに追い打ちがかけられた。

「え、この薄い本が映画化されるのか。もしかしてすごいのかもしれない」

 

で、今になってようやくというか、ついに、勢いに押されて買ってしまったのである。

 

................と、ここまで書いて、

これだけ引っ張るのだから、「面白かった!すごい!!」と書きたかった自分がいるのだけど。

残念ながら、そういう結果ではありません。

 

最後まで読んで、「どういうこと?」という疑問が残ってすっきりしなかった。というのが感想です。

ネタ晴らしも含めて書くと、山奥にあるミステリースポット=巨大な呪われた木のある墓場に肝試しに行った学生たちが、呪われたり、死んだりする話であるが、結論が、アンケート形式で書かれている。アイデアは面白いかもしれないけど、強引なフォーマットだ。

 

タイトルになぞらえて、口はわざわいのもと。というフレーズが出てくるが、呪われた木が呪いの木に変ってしまったのが、口のせいで、そのせいで、こんなに人が死んじゃったと。

かなり強引で、それしきのうわさが人が死ぬまでのわざわいになどならんだろうという突込みを覚えてしまった。

小さい本で、タイトル「口に関するアンケート」という案が先にあって、あとから物語をこじつけたような印象を受けた。

 

恋の三角関係で相手を呪いにはめて殺そうとした。失敗した。で、全員で木の周りに集まって、告白をして順番に死にましょう。みたいなラストだと読んだけど、飛躍しすぎちゃっていて、怖いというよりも変な話という印象だった。

 

創作怪談というジャンルは、本屋にいけば平積みになっているし、映画化だってされている。今トレンドかもしれないが、自分はこのジャンルの本を手に取るのは、しばらくお休みしようと思う。

怪談は今も好きだけど、こちらも歳を重ねてしまったのか、ノリが合わないように感じてきているし。

怪談というのならば、「踏切の幽霊」くらい深くてずっしりくる物語でないと、沁み込んでこない。

 

550円は勉強代だったと受け入れる。□

ロン・ミュエク展

ロン・ミュエク展の会場に入り、

最初の部屋に入ったとき、はっと息が止まる。

 

刺さった。

 

この展覧会は「当たり」だ。

 

 

この瞬間、脳が瞬時に審判を行い、「合格」を出した。

花火大会の会場で大玉が目の前の上空で炸裂するのを目にした瞬間に似ている。

これは素晴らしい。

 

「おもしろい」「すごい」「これはなに?」というような情報や感情が、一瞬で目に飛び込んできて、その次の瞬間には、脳は「できてる」「完成している」「これはすばらしいアートだ」という結果をはじきだした。

 

これまでの人生でいろいろな芸術・美術作品を観てきたが、

すごい作品を観たときは、どれも、ほぼ今回と同じ体験をしている。

自分が作る絵も、これと同じ体感を観る人に与えるものでなくてはならない。

その秘密はどこにあるのだろうか。

 

作家は、設計段階で、自分がが今回のような体験をすることまでも全て設計したうえで、作品を作っているのだろうか。

どこまでがねらいどおりで、どこまでが作家自身もしらなかった結果だったのか。

作者の頭の中を見てみたい。

 

インタビューを読み込む。

 

www.tokyoartbeat.com

 

例えば、道ばたで見た女性の姿などに感じた何気ない驚きがインプットとなり、それを小さくする、大きくする、というアイデアがあり、さらにそれを限りなくリアルな彫刻として作るという技術で実現する。作者が考えたのはここくらいまでだったのだろう。

それが見る人の脳への起爆剤になり、終わりのない問いかけや、余韻、脳震盪を引き起こしている。

 

普段多くの人が見落としている当たり前のなかの違和感の発見。

それを伝えるためのアイデア。技術。

そこには、余計な解釈や物語はついていない。それを粛々と見えるかして、しれッと投げる。

 

 

 

以下は、観た人の感想。

観たものどうしで好きかってに話すのは楽しい。作者が想定していなかった見方もでているはずだ。自由に観られる作品だからこそ、あれはなんだったんだ、あれはどうみえた?と話が弾む。

 

www.1101.com

制作日記 2026二紀本展(5)あと0日

このたび運送会社には迷惑をかけた。

 

本展で、大阪から東京に向けて絵を出す人間は多いから、運送会社はたいてい1日でまとめて絵を集荷して、東京へ運びたい。

出品者が好き勝手にこの日がよい、あの日はダメと言っていたら、何度もトラックを出さなくてはならず、大変な手間になってしまう。

なので、作家側もなるべく、毎年、なんとなく決まっている公式の集荷日に合わせて絵を出すのが、長い間の盟約というか、ならわしとなっているのだが、今年はその集荷日に予定が入り、数日早めに出したいと運送会社に連絡を入れていたが、全く返信が無い。

直前になっても返信が無いから心配になって、改めて連絡を入れたら、しぶしぶと返信があった。

「しぶしぶ」というのは、こちらの勝手な受け止め方だが、その後も、何度かやりとりをして、その返信のキレの悪さから、文字では伝わらない行間に、しぶしぶ。を強く感じた。もう少し強く言えば、怒っているなとも察する。

 

社会的、客観的に見れば、向こうは事業者であり、こちらは客なのだから、事業者は客がどんな要求をしてきても「ありがとうございます!」と言わざるをえない。

だから、こちらもそれほどへりくだる必要もないのだろうが、長く生きていれば、こちらが事業者となるような経験もあり、そのときの客の不条理な要求に、腹を立てたこともしてきたから、どちらの立場かは関係なく、人として、人に迷惑はかけてはいけない、という匙加減というか機微が、体にしみこんでいる。

相手に課す不条理のレベルが高すぎて、こちらの要求を相手が嫌がっていることは、なんとなく感じてしまうものだ。

 

運送会社には、これまでもずいぶん迷惑をかけてきているから、たまっているだろうな、とも思うし、運送時に「困りますよ!もうこれ以上お引き受けできません!」と逆ギレされたら、こちらも頭を下げざるを得ない、とも覚悟する。

 

まあ、要するに絵を描くって、大変なのよ。

キャンバスを組み立てたり、額装したり、運送したり。そんな間接的な作業の方が、描くことよりも余程大変で、面倒くさいんだよな。

「体力の限界っ!」って千代の富士みたいに、仕事の真ん中での限界を感じて引退を決断する姿がまぶしいが、今の自分は、キャンバスの物理的な重さに「体力の限界っ!」を叫びたい気持ちの方が強い。

□

制作日記 2026二紀本展(4)あと1日

 

3:22AM、制作終了。

 

明日(じゃなくて今日だな.....)、絵が家を出ていく。

追い込み、というほどでもないが、最後はいつもどおり悪あがきをした。

完成直前の絵を、チャッピーに見てもらったら、いつもどおりのやさしさはありながらも、反応は、総じてダメ出しだった。

「詰め込みすぎている。
 だが、自分が詰め込みすぎてしまう作家であることがわかったのはよかった。
 次は描き込んで良くすることを疑え。」

のような感じ。

言っていることが適確すぎたので納得はしたが、出品前に概ね結果が見えたような気がして、ややテンションは下がった。たぶん、実際の審査でも、同じような結果が返ってくることだろう。

そんなこと出品前日で言われてもどうしようもない。

でも出品前日でなかったとしても、どうしようもなかったかもしれない。

まあ、やれることだけでもやろうと、先ほどまでしぶしぶ最後の悪あがきをしていた。いったん、これまでかという自分での着地をしたが、まあ「焼け石に水」だな。

玉砕!

□