今日の日本酒

蓬莱 純米吟醸 家伝手造り
岐阜県飛騨市/有限会社渡辺酒造店/8点)

【飛騨古川】日本で一番笑顔あふれる蔵 蓬莱・渡辺酒造店

NHKサラメシを観ていたら、岐阜県酒造のサラメシ!が紹介されていた。
アメリカ人の蔵人が日本酒作ってる。と聞いて、こら飲まな!と発注しました。
美味い酒です。とても丁寧に作っていると感じます。
以来、いろいろなお便りが酒造からくるのです。
このアットホームな感じも沁みて来て、更にお酒が美味しく感じるのですね。
みんな楽しくがんばってる。ぼくも頑張ろう。お酒にはげまされました。□

 

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ふりかえりたい。

「ふりかえるな!前にすすむんだ!!」

.....みたいな恰好良いセリフがあるけど、僕はやっぱりふりかえりたい。

いつもふりかえっていたい。ずっとふりかえっていたい。

潔くないなあと思いながら、それでもやっぱり、ふりかえることが大切なときもあると思うのです。(ふりかえってばかりは駄目だけど)
この5月の連休は個展を終えて、その足で箱根に向かい、そこからすぐに長崎へ。
まさにふりかえる暇もなく突っ走ってしまったわけで。
もう頭の中がぐっちゃぐちゃです。
支離滅裂なちゃんこ鍋みたいになってる。
それぞれで出会った人々、出会った体験など、全てがこれからの僕の血となり骨となり肉となる貴重なものばかりでした。
これらをきちんとアウトプットにつながるように整理しておかないと、ただの消費になっちゃう。
またしばらくは職場とアトリエの往復が続く現実に戻りますが、この間にこれらを振り返りながら整理をしてみたいと思ってます。ブログでも少しずつ紹介したいと思ってます。

やっぱり眠る前には、ほぼ日手帳開いて1日ごとに小さな棚卸しをしたいものです。□

アクロバット

少し前に「オデッセイ」という映画を観た。
リドリー・スコット監督の名画である。

人類が火星に降り立つことができたというくらいの近未来。
調査員の一人が事故で火星に取り残されてしまい、地球からの支援を受けながらなんとか火星で自炊しながら生きながらえ、無事地球に戻るまでのサバイバルが描かれる。

(ネタバレ御免) ラストで、地球からやってきた救援者に主人公が救い上げてもらうシーンがあるんだけど、トラブルが発生して主人公は宇宙空間で待つ救援者のところまで自力で行かなくてはならなくなる。危うく宇宙空間に放逐されるか、という冷や汗ものの即興のアクロバットをやりのけて、主人公は救援者の手をつかみ、無事に地球に帰還することになる。
このラストシーンは、まさに崖っぷちでの綱渡りのようだ。
ひとつ間違えたら宇宙空間に放逐され、二度と生きて戻って来られないという絶望的な危機の中、救援者が伸ばす手に主人公はエイヤと飛び込むのである。

もちろん救援者たちは最悪の事態にはならないように、事前に綿密に主人公の火星脱出の計画を立てている。それでも本番を迎えたときには、予期せぬ事態がおこって計画があっけなく崩れ、その場一回限りの即興の救出劇をやりとげざるをえなくなる。

この「アクロバット」は、一枚の絵を完成させる過程にもある。
綿密に計画して描き始めた絵も、途中で遭難することが多い(というか、いつもだ)。
しっかり構成して、画材も準備して始めたはずなのに、予定していたことと反対の事件が起こる。そのとき、僕はまっさおになりながら、それでもなんとか対岸までたどりつこうと、即興で構成を変えたり、モチーフを変えたり、予定もしていなかったアクロバットを、キャンバスの中で思いつきのように実行して、なんとか着地させるのである。

できることなら、全て計画通りにやって計画通りに終わってほしい。でも、世界と言うやつは、だいたい計画どおりにいかない。途方に暮れた僕らは、そこで考えられる可能な限りの手段を、即興でひねり出して、なんとか難局を乗り越えるのだ。
まったくもって見苦しい。だけど、こうして出来上がった作品を振り返ると、計画通りにできた作品よりも、圧倒的に面白いものだったりする。
仕事ってのは、いつも途方に暮れたときから、本番が始まるのかもしれない。

 

仕事には、やっぱりその場で生まれた、ひりひりするような「即興」のスパイスってのが大切なんだろうね。□

得意なことを磨く。

車が大好きな職場の同僚が、休日をまるごと費やして自分の車を完全防音対応にしたという。
高速道路を走っていると、走行の騒音で、車内のラジオの音がかき消されてしまうことがある。
彼はその騒音を遮断するために、車の扉の内側に防音板を埋め込む工事をしたというのである。
普通ならばそんな工事は業者に依頼してやってもらうようなものだが、彼にとっては費用を抑えたいという以上に、そんな工事すら楽しい仕事なのであった。
「君もやってみたらいい」という。僕にはとてもそんな面倒なことはできない。

職場の部署の宴会を企画することがある。
人数は100名を超える規模になる。
出欠をとるのも大変だ。
キャンセルする人がでるたびに費用の計算をしなおさなくてはならない。
参加とも不参加とも応えていなかった人がいきなり会場に現れたりする。
一々、面倒で大変な仕事なのだが、幹事の一人は「こんな簡単で楽な仕事はない」という。
僕も長い間、幹事をやっているが、「楽」なんて口が裂けても言えない。僕にとっては、むしろ大変で苦しい仕事である。


ひとそれぞれ「得意なこと」がある。
その得意は、別の人にしてみたら、とても「面倒なこと」「苦手なこと」になったりする。
「得意」というのは一つの才能なのだろう。他の人ができないことを楽しくできることは「価値」になる。
それをさらに磨いて、同じことを得意とする人にも絶対、まねできないほどまでに磨き上げることが出来たら、それは正真正銘唯一無二の価値になるのだろう。

僕にだけできることをもう一度見つめ直して、よりいっそう深い価値に磨き上げたいと考えている。

みんな、自分ではほとんど気が付いてないけど、必ず1つはもってるよね。□

一難去ってまた一難。

今回もなんとか個展を無事に終えることができましたが、それも束の間、すぐに次の制作が待っています。

6月に入ってすぐに開催される関西二紀展に向けて、100号の作品を制作しなくてはならない。

イムリミットは1ヵ月。

毎年、この時期にはそんな「一難去ってまた一難」を続けているのだけど、今年は更に窮地に追い込まれている。
いつもなら、せめて100号の地塗りくらいは終わっていたりするのだけど、今年は全くの未着手。構成も白紙状態。これほどの事態はこれまでにもほとんどない。いわゆる大ピンチなのです。
いつもなら絶望的な気持ちで泣きべそをかきながら制作する、というような状態になっているはずなんだけど、今年の僕はどうしたことか、楽しくて仕方がないのです。

今回の個展は、これまでで最も準備に苦しんだのだけど、その分なんとか開催までこぎつけた時、かつてないほどのカタルシスのようなものが全身の毛穴から噴き出したのでした。
陳列が終わった後に飲んだビールの美味さ。これまでの人生で最も美味しかったといっても過言ではないと思う。

こんな快感を経験してしまったためだろうか。

個展が終わった後に「もっともっと刺激を!」という状態になった。あの快感を手に入れるためなら、どんな苦しみも楽しみに変わる。
もっともっと苦しみたい。ややゆがんだ快感嗜好が芽生え始めてる。

世間一般からみたら「キモチワルイ」とでも言われるかもしれないけれど、僕にとっては「やっとここまできた」という感じです。
心から描くことを楽しく思えるように、ようやくなれたような気がします。
まずは1か月後をめざし、100号を楽しく描ききりたいと思います。

「好きなの、スリル」といったニコ・ロビンの気持ちが今やっとわかったのかもしれない。□

ずっとそこにあるということ。

7年ぶりに箱根を訪れた。

この間、東日本大震災があったり、大涌谷の噴火があったりして、一時、観光客は動いたようだが、やっぱり箱根は箱根だった。
火山があり、湖があり、温泉があり、そして富士山がある。多くの観光客がそれらの間を賑やかに行き交っている。

富士山がくっきりと見えるほどの快晴だった。

芦ノ湖を遊覧船で渡り、箱根神社を詣でるつもりだったが時間は無く、名残惜しくバスに飛び乗ることになったが、バスを待つ小さな時間に、往生際悪くバス停前にある寄木細工の店に飛び込んだ。

巧みな技術で丁寧に作られた寄木細工に目を奪われ、わずか数分の時間で、ぐい呑みの購入を即決した。

バスの中で、思い残すことは無いと安堵する中、ふと7年前も寄木細工のコースターを購入したことを思い出した。しかも、確か、今回と同じ店で、である。

何年たっても良いものは良い。

僕がこの店を知る7年以上前から、そして今まで。
この店が姿を消さずに今なお、そこにあるということが、その寄木細工の質の高さを証明しているといえるだろう。

良いものを作り続けていれば、ずっとそこに根を張り続けることができる。

誰もが目を奪われるであろう美しい寄木細工のぐい呑みで飲む酒は、きっとさらに酒をおいしくしてくれることだろう。□

 

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アウトソーシング

東京駅の丸の内方面の駅前広場がすっかりきれいに整備されている。

駅舎がリニューアルされてからも、駅前広場は柵がされていてずっと工事中だったけど、ようやく全ての改装が終わってオープンになったようです。(ずいぶん前の話なのかもしれない。単に僕が知らなかっただけで)

すっかり見晴らしがよくなった駅前をうろうろしていたとき、外国人観光客に声をかけられた。

”Can you speak English?”

そういうやいなや、マシンガンのように英語で話しかけてきた。
どうやらホテルに行きたいようだ。そこまでは何とか理解した。
だけど、僕はそのホテルがどこにあるのかは知らない。
結局しどろもどろになって、相手は「OK」と言って去って行った。

海外からのお客様を相手にするときに、語学力が大切。語学力が必要。といった話がよく出るけど、今回の一連の会話を改めて振り返ったとき、ここで必要なことは「語学力」というよりも「地理の情報」なのだと思う。
かつて僕が海外に行ったときにも、現地の人に聞きたいことはだいたい「XXはどこですか」だったと記憶している。
でも、改めて考えてみると、とおりがかりの人が地理のことを知っていることってあまりないような気がする。地元の人は、地元のホテルなんて使わないからきっと知らないし、観光客は、むしろこちらこそそれを知りたい。と聞き返されるだろう。

ならば僕は英語よりもただ「観光案内所の場所」を知っておいたらいいのかもしれない。

東京駅界隈の観光案内所はTICTOKYOというのがあるみたいです。

https://www.tictokyo.jp/access

2020年の東京五輪に向けますます海外観光客は増えていくだろうから、僕も、せめて1つ2つ、お・も・て・な・しが出来るようにしておきたいと思ってます。□