イチロウ

●落選した100号の絵を回収する。
回収会場は閑散としていた。出品したときのあの高揚感は微塵もない。平日の午前に落ちた絵を自分で取りにくる奴もそう居ない。居るのは受付と絵を運ぶバイトの兄ちゃん10人くらいなものだ。
なにはともあれ「一浪」が決定した。...と思うと高校三年時に受験に落ちた時にぴったりとシンクロした。時期的にも世間には春が来て、暖かくなり、桜が咲き始めてわくわくしている頃だ。その喜びを共有することは認められず、彼らとは逆のベクトルで春を迎え、この1年を生き抜かなくてはならない、この敗北感。
ただこの歳になってみると、単なる敗北感というよりも、あのときの苦い経験の再来を面白半分でかみ締める余裕もあったりするのだが。
回収会場に来たのは自分だけかと思っていたが、50歳くらいのおっさんが一人はじっこで絵を梱包していた。
一浪とは言っても、受験とは違ってこの世界に定量的な判断基準は一切ない。一浪すれば合格できるなどという保障は全くない。このおっさんはもしかしたら20年後の俺ではないか?との考えが一瞬脳裏をよぎり、おびえた。が、それもまたすぐ消えた。
ひとまずこの一ヶ月で頭の整理はできている。また1年たんたんと積み重ねていくだけである。



●午後に日本橋三越へ春の院展を見学に行った。
世の中の春とは逆方向へ向かっていく自分に対し、ここにあるのはまさに春の追い風でぐんぐん加速している雲の上の存在たちの絵であった。
全くもってすごすぎる、この質、この迫力。
俺もいつかこんな絵を描けたら。と、ぞくぞくした。わくわくした。一浪ながら。
やっぱり絵は面白い。□