「君、名前は?」と聞いた時、彼女は、
「土へんのふえるに、たんぼの田です」と答えた。
「あれ!?それって僕と一緒ですよ?」と僕は答えた。
クロッキー会に来たモデルに名前を聞いた時のことだ。
奇しくも、僕もモデルも、同じ「増田」なのであった。
彼女は今回、初めてきたモデルではなかった。
1年前か2年前か。
以前2、3度ばかりモデルに来てもらった記憶がある。
だが、そのときに彼女は「増田」とは名乗らなかった。
もし「増田」だったならば「同じ名字ですね」と、
必ず記憶に残ったはずである。
刹那「あ、結婚したんだな」と思い至った。
同じくクロッキーに参加した他のおばさまたちも
「おめでとうね」などと彼女に声をかけ帰って行ったのである。
ところが......!
現実は小説よりも奇なり。
彼女は、結婚したのではない。別れたのである。
とその後、先生に教えられ、知った。
彼女は結婚して「増田」になったのではなく、
旦那と別れて旧姓の「増田」に戻ったということらしい。
数年前にモデルで来てもらったときは「小娘」という印象だったが、
あのとき彼女はとっくに「人妻」だったのである。
この、脳震盪。
世界は、つねに僕らの予想を覆すように圧倒的でダイナミックに回っているのだな。
僕らはそんなダイナミックな波に感動し、怯え、依存しながら生かしてもらっているのだね。□