芸術へのバトン

井上雄彦最後のマンガ展が終了した。


結局、会場には2度足を運んだ。


この展覧会は空間そのものも画材として使っているので、後日原稿だけが書籍になったとしても、この感覚は会場でしか味わえない。
できる限りこの衝撃を体に教え込んでおきたかった。


今回の展覧会で井上雄彦は、マンガという娯楽から芸術への橋を渡してくれたのだと思う。
会場はマンガを読みながら歩き進むものであったが、気づけば客は知らず知らずのうちに芸術の領域に足を踏み入れていた。


対し、今度は芸術に携わるものが、芸術の岸辺から娯楽への橋を渡していかなくてはならないのではないか、と考えた。
今回の展覧会ではそういうバトンを渡されたのだと認識している。


以前ブログに書いた「みんなの芸術」論は本件に直結している。
自分でもなんだかよく分からないものを他人に理解しろという横暴さを芸術と呼ぶエゴイズムとは極力オサラバしたい、と最近、特に考えている。


井上雄彦椎名林檎も「商業性」というものを作品評価の大きな指標の一つにしている。


「消費したい」という思いに消費者は金を投入して消費する。
娯楽だろうが芸術だろうが、クリエイターは根幹となるところでそういう思いに火をつけるものを常に目指さねばならないと思う。


自分に今できることはなんだろうか...。ずっと考えている。□