白昼夢

つい先日のことだ。アトリエの師匠と京都の丹後半島をぐるりと回ってスケッチをする機会があった。


丹後半島には伊根町や丹後松島という名所が点在し、美しい町並みや景色が連発する。
描くには枚挙にいとまがない程、素晴らしい半島であるのだが、実はその日の精神状態は絶不調であった。


これまで自分が正しいと思っていたこと全てが否定された形になり、これから何をしたらいいかが全く解らない。
スランプのようなものだ。
スケッチというのはむしろ口実で、働くでもなく、描くでもなく。ただ現実逃避のためだけのドライブなのであった。


そんなとき、ある一つの町に出会ったのだった。


それが間人(たいざ)の町である。


美しい...。
息が止まった。
それまで瀕死の低血圧状態だった自分は突然、闘魂ビンタを食らったように目が覚めてしまった。


車を止め、町を見下ろす。
太陽の光が綺麗に立ち並ぶ町並みの屋根に反射して白く輝いている。
この町には自我(エゴ)がない。
まるで自然に草木や花が生えるように、家屋がしかるべき箇所に静かに林立している。
ここは本当に人間が作った町なのだろうか。とすら思った。
どこを見ても描ける。金太郎飴のようだ。こんな経験初めてである。


「これは....まさに『美しい島(※)』ですね」


「ああ、美しい」


二人ともあまりの美しさに圧倒されてしまった。



町が美しい、ということは、住民たちが美しいということでもあろう。
たぶん彼らは町をきれいに見せたかったわけでもないし、誰かにほめられたくてそうしたわけでもなかったろう。
彼らは自分たちがそれほど美しい町に住んでいるという認識すら皆無であったろう。
ただ日々すべきことのみを粛々淡々と行っているのみである。そしてその行為が結果的に町を美しくしていた。
その純粋なる心のあり方が美しい。


あるがままに自然に。しずかに。ひっそりと。それでいて強く輝いている。
そういう町だった。



このときまるで不滅と思われたスランプの氷山が一瞬で氷解したのだ。
自分は誰のためでもなく、自分のために、自分の信じる道を、無理せず、粛々淡々と進んでいけばよいのだ、と。



今になってもあの体験はなんだったのだろうか、と思う。白昼夢だったのだろうか。
だが夢ではなかった。
なによりも同席した師匠も全く同じ感覚を経験したという点が夢でない証拠なのだ。


美しい町に住む人々の正しき営みを感じながら、自分たちも美しく生きていく。と改めて決意を固めた貴重な体験であった。□


(※)『美しい島』については、以下の記録参照。
http://d.hatena.ne.jp/massy/20060714