「劇団本谷有希子って知ってるか」
勿論、当時の僕には知る由もない。
本谷有希子という脚本、兼演出家が単独で、都度俳優を集めて演劇公演を続けていた。
やがてその劇団の公演が関東だけでなく関西にもやってくるようになって、ほとんどの公演は見てきたように思う。
そのうちNHKのトップランナーにも出てくるようになったりもして、その存在感はどんどん大きくなっていった本谷有希子嬢だったが、結婚と共に劇団活動を休止しして小説の執筆を中心に活動していくと発表した。
芝居も相当すごかったから、小説でも全然戦えると感じていたが、そのとおり、あれよあれよと文芸賞を総なめにしていって、あっというまに芥川賞を受賞してしまった(というふうに僕にはみえた)。
本作はその芥川賞受賞作です。
おそらく本谷有希子嬢の結婚生活が題材になっているのでしょう。
まるでエッセイであるかのように始まる物語だけど、やがて「異質」が入ってくる。
人間であったはずの夫が次第に「異類」に変わって行く。
そして最後にはまるで夏目漱石の夢十夜を彷彿とさせるような展開に。
ただ、たんたんと経験したことを文字にするのではなくて、読者にちょっとした脳しんとうをさせながら、メタファーを駆使して目に見えない感覚を文字に変えて伝えていく。
これが作家というものなんだなあ。多くの作家の卵たちはこれができずにハンカチをかんでいるのでしょう。僕も全く同じことを絵画でやっているのですが。
昨今芥川賞は1年に2回もの審査が行われるようになっていて、作家の密度や濃度も薄まってしまっているのではないか、なんていわれたりもしているようだけど、そんなことは全然ありません。
「芥川賞だからすごい」というわけではない。「すごいからこその芥川賞」だと僕は感じます。
ミステリーばっかりの最近だけど、文芸もやっぱりいい。
書くなら(描くなら)やっぱり文芸がいいね。□