わたなべゆう先生が亡くなった。
画家にとっての芥川賞といわれた安井賞を1995年の第38回展で受賞された。
写実画からは180度異なる、まるで土をキャンバスに塗り付けたような作品である。だけど、どことなく懐かしく、温かみがある。人の手で作られていながらも、まるで風や雨が勝手に作り出したような自然な造形。唯一無二の世界観だ。
以前、銀座の個展でお会いした。
「作品から土のにおいを感じますね。ふだん農業でもやっているのでしょうか」
「農業はしていない。だけどキャンバスの上で農業をやっているんだ」
実際に土を耕すことをしなくても農業はできるんだな、と知った。かっこよかった。
ことばのひとつひとつから哲学的な深さが感じられ、短かったがとても強く記憶に焼き付く貴重な時間となった。
個展の図録を求めると、気軽にサインもしてくれた。図録は今も大切にとってある。
その後、名古屋での個展の案内をいただき、ふたたび個展に足を運んだ。
会場には先生はいなかったが、小品が並ぶその空間はまさに「土のない畑」に入り込んだ感じで、刹那「欲しい!」という気持ちが沸き上がってきた。
画家の作品を買ったことはそれまでなかった。
美術品は鑑賞させてもらって、あわよくば作家の先生とお話しさせてもらって帰ってくるというのが定番だった。買うと考えたこともなかった。
だがそのとき、はじめて、ずっとそばに置いて眺めておきたいと感じ、衝動的に買い求めたのだった。作品を買うとはこういう気持ちなのかを知った。
作品は今もずっと大切にもっている。
いつ眺めてもあきることがない。買ってよかったと今も思っている。
どうしたらこれほど長く楽しめる作品が描けるものかと、眺めている。
あのときの凛とした眼光が放つ先生のオーラが、ずっと強い印象となって頭の中に残っていて、亡くなられたということが信じられない。
先生が僕に渡してくれたものを心にとどめ、また次の人たちに、何かしらの形でバトンを渡せたらいいと思っている。□