4月から5月にかけて、しばらくテレビが観られない期間がありました。
もともと僕はあまりテレビを観ません。
主にニュース番組。サラメシ、チコちゃん、ブラタモリ。くらい。
なのでテレビを観られないことはあまり気にはなりませんでした。最初は。
でもしばらくテレビが観られない生活を送ってから、テレビが観られるようになったとき、僕は、はっきりと「ほっとした」のでした。
要は、部屋の中に「音」があるという事の大切さです。
一日を終える深夜にビールをちびちびやっているような時間であれば、音は必要ありません。そんなときは、沈黙の中で一日を振り返るのです。
でもふだんの生活には、やっぱり音はほどほどにあった方がいい。
沈黙って結構、重たいのですね。
音楽のようなものではなくて、何か「がやがややっている」くらいの音がいい。
また、普段僕たちは「能動」で動いていることが多くて、結構疲れています。
テレビは僕らを「受動」にしてくれる。
このスイッチを入れ替える装置としての価値もあります。
どっぷりつかりすぎて「受動」ばかりではいけないけれど、「能動」と「受動」をバランスよく切り替えるのも精神的に大切だと感じました。□
#2018/08/04にも似たようなこと書いてたね。