かつて転勤のため3年ほど東京で一人暮らしをした。
油絵の具をさわり始めてしばらく経って、
そろそろ公募展への出品を考えてみるか。といった頃。
アトリエを離れて東京へ行くことに強く抵抗した。
まだまだ教えてもらいたいことが山ほどあった。
だが勿論そんな理屈は通用しない。
アトリエと引き離され東京での新たな生活が始まった。
どうやって描いていくか。
どうやって戦っていくか。
孤独であった。途方に暮れた。
そんなある日、先生からはがきが届いた。
「元気でやっているか。
新しい絵が出来たら写真を送れ。」
書いてあったことはその程度のことだったかと思う。
以来、先生から時折はがきが届き、その度に強く励まされた。
その後出品したコンクールにも徐々に入選するようになって、
東京での生活も次第に充実していったことを記憶している。
たった一枚のはがきが、こんなに人を元気づけてくれるものなのか。
アナログっていいな。そんなふうに思うようになった。
先生は筆まめだった。
僕以外の誰にでも機会があれば手紙やはがきを送っていた。
久しくアトリエを離れていた女の子が4、5年経ってまた
アトリエに戻ってくるようなことが多々あった。
その誰もが先生のお手紙を受けていたことを口にしていた。
何か見返りを求めるものではなく、出会いを大切にしていて、
ちょっとした「どうしてる?」の挨拶を筆まめというかたちで
とても自然に実践していた。
この時代、電子メールで連絡も一瞬だ。
即時性という長所をみれば電子メールの速さは圧倒的だ。
だがアナログもあなどるなかれ。
手書きの文字から滲み出すその人独自のあたたかさや表情。
このよろこびはデジタルではそう易々と表現できまい。
大切にしたい。
そして次につないでいきたい人情の文化だと思うのです。
そして今日も僕は、絵筆と万年筆を握るのです。□