忍び寄る魔 完結編

2020/12/15

 まさかこんなに苦しいとは....。

 

親不知を抜いた後の痛みが長引いている。

しゃべるだけで傷口が口の中でこすれ、頬から頭にかけて痛みとかゆみが混ざったような複雑な鈍痛が走り、表情がゆがむ。
だまっていても、鼓動のたびに、鈍痛が明滅するように続く。逃げ場はない。
何かを食べるために口を開くだけで、痛みが走り、ちょっとした塩加減の料理が傷口の近くをかすめるだけで、痛みが倍増する。胃の中は空っぽだというのに、入口である口が通行止めになっていて、食べ物を胃に運べない。空腹なのに痛みで食欲が打ち消されてしまう。
痛みで思考もできず、ただ痛みに耐えているだけの時間が過ぎていく。

薬局でもらった頓服は3日分あったがすぐに飲み尽くしてしまった。薬で痛みはだいぶ和らぐが、高々5時間程度ですぐに、あの耐えがたい鈍痛が戻ってくる。

おいしいものを普通に食べられる。ということのありがたさが身に沁みている。

いずれこの痛みも回復してくれることだろうと期待しているが、歳を重ねて体を悪くしていくというのは、こういった不調が治らずに続くことなのではないか。

 

2020/12/16

そうだ、京都行こう。

だめだ、病院行こう。

 

痛みがいっこうに止まずその苦しさに耐えかねて病院へ電話。

もしかしたら骨が腐っているのではないか?と怯えたが、検査をしてみたら普通通り。なんて期待外れな回答。むしろ腐っていてくれるくらいを期待していたというのに。
痛みは全く消えないが、中途半端にオピニオンを貰ったせいで、また一人で苦みつづけなくてはならなくなってしまった。
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛。地獄。

 

 2020/12/17

 

あまりにも痛くて、2回目、3回目、4回目と歯医者に検査検査をお願いしたら、最後に訪れたとき、病院には誰もいなくて、僕だけの貸し切りになっている。
「お待ちしていました」
といつもとは全く違う感じで受け入れをしてくれた院長。口を開けて見せるや、
「......!すみません、わたしのミスです。神経の部分にちゃんとフタが出来ていませんでした。すぐに直します」
やっぱりミスだったか。こんなに痛いはずはないんだ。否を認めるのならいい。ともかくも、とっととこの痛みを直してくれ。.....そう思うや否や。
歯医者は「ガポン!」と丸めた雑巾を僕の口にぶち込んだ。そしてその雑巾にアルコールをどぼどぼとぶっかけ、そして、火をつけられた!
おかしい。こんな治療があるわけがない。あまりにも乱暴すぎるし、危険すぎる。
そう思って、院長の顔をみたら、バットマンのジョーカーになっている。
「親不知治療に扮して、痛がる患者を楽しんでいたのだが、ばれたらしょうがない。殺してやるよ」
そういって正体を明かした院長が襲いかかってきた。

.................!!と気づけばベッドの上。夢なのだった。そして歯はさらに想像を超えるほど、二度寝ができないほどにズガンズガンと痛む。改めて、藪医者だったのではないか!?そんなときは誰にこの状態を元に戻してもらったらいいのだ。などと悶々と考え続けてしまい、全く眠ることができなくなってしまった。地獄。

 

 2020/12/23

痛みはだいぶ引いてきたように思う。
それでも横になるとまた痛みがぶり返して来たりする。油断はできない。
むしろ痛みよりも、抜歯後にぽっかりあいた穴に食事をするたびに物が詰まるのが苦しい。爪楊枝で歯に詰まったものをとるというような次元ではなくて、ちゃんとうがいをしないと流れ出てこない。うがいをしても詰まっていたりする。かといってしつこくうがいをすると傷口のかさぶたがはがれてまた出血してしまうのである。
痛みの峠はこえたかもしれないが。しばらくは苦しい戦いは続きそうだ。

 

2020/12/27

痛みはかなりおちついてきた。

だが、抜歯後の穴に、ごはんやらかみ砕いたこまごまとした食べ物が、食べるたびにたまりこんでくる。気を付けて左側で噛んでいてもどんどん積もる。

食事のあと、うがいをする。かるくすすぐ程度では何も出てこない。何度かしつこく、奥深くまで水が届くようにして、ぶくぶくとうがいをすると。

ドバッっとでた。

あの抜歯の穴にこんなに食べかすがたまっていたのか、と驚くほどに。

まるでハムスターの頬袋みたいだ。

やがて肉が挙がってきてこの穴を埋めてくれるのだろう。それまでの辛抱だ。

 

2020/12/28 総括

抜歯は体力がいる。

抜いた後の激痛と食事ができない苦しみは、一般的な「老後」の問題にシンクロした。

体が動かなくなり、病気になり、好きなこともできなくなる。理屈ではわかっているが、このたびの抜歯は、その不自由さを先取りして一部体験したともとれる。

食事ができない。ということの苦しみは、わずか1週間足らずでもげっそりと生きる気力をそぎ落としてきた。抜歯は一時的なものだけど、これがもう残された人生で治ることもなく続くとなると、それだけで、どんどん寿命が削れていくというのもわかる気がする。

無病息災。願うのはそれだけである。

そして、治療は体力のある早いうちに終えるのが絶対に良い。□