痛恨

 

「痛恨ッ.........!!!!」


思わずそう叫んでしまうような不幸が3回も続いた。

 

1つめ。
中国からやって来た「神韻」という音楽舞踏集団の公演チケットを予約していた。
公演当日。
19:00開演をめざし会場の京都ロームシアターのビルに到着したのだが、なんだかとても静かである。というか静かすぎる................。
.....................!!!
急いでチケットを取り出して公演日を確認した。
.........................................公演は昨日だった..........!!!!

「痛恨ッ.........!!!!」

 

2つめ。
2018年末に購入していた徳島の日本酒・三芳菊をいよいよ開ける時が来た。
鍋はぐつぐつと煮えてきていて、美味しそうな匂いを漂わせ始めている。
さあいただこう!!
わくわく絶頂!!!
日本酒のふたを開けて一杯目をぐい飲みに入れる。
香りはよい。
さて味は....と口に含んだのだが.........。
ん......?これは.........フルーティというのか?
フルーティすぎないか.......?
まるで、香水を飲んでいるような味がする...........。
こんな酒があるのか。味わったことが無い味...........。
美味いというより、もしかしたら不味い?!のではないか........。
.....................!!!
急いで瓶をつかみラベルを凝視する。
.........................................なんと生酒だった................!!!!
酒は、すっかり発酵が進んで腐敗が始まってしまっていた......!!!!

「痛恨ッ.........!!!!」

 

3つめ。
二紀会大阪支部展の作品がようやく完成した。
陳列は展覧会開催前の金曜日の予定で、前日の木曜日までに作品を郵送搬入することになっていた。
水曜日の晩、作品をエアキャップで厳重に梱包して、近所のクロネコヤマト集配所へ運び込んだ。
「木曜日16:00着でヤマト便お願いします」
「本日お受けですと、配達は金曜日になります」
「えっ!?」
.........................................し、締切に間に合わないッ........!!!!

「痛恨ッ.........!!!!」


どうも最近、間抜けな痛いミスを繰り返しています。
でも、改めて振り返ってみると「痛み」というのは学習の機会でもあるとも取れます。
むしろ「痛み」を伴わないことには、人間ってのは学ばないということにも、なんとなく気付いています。
このたびはいろいろ犠牲を払いましたが、二度と繰り返さないという免疫ができたとも感じているのです。人生のスパイスとして、玉には痛恨も必要なのかもしれない。

まあ聴く人にとっても「楽しかったよ」よりも「失敗しちゃってさ」の方が面白かったりもするしね。(高価すぎるネタだけど..................)。

 

なんでも「ハラスメント」に置き換えて、痛みゼロを目指そうとする社会に、むしろ少しの狂気を感じます。□